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米中新冷戦と向き合わない日本政治の「貧困」

米中新冷戦と向き合わない日本政治の「貧困」
台湾重視を「役人の作文」で終わらせるのか

中国共産党が創建100年を迎えた7月、防衛省が発表した令和3年版防衛白書は米中間の「新冷戦」を強く意識した内容となった。米中関係について初めて独立した項目を立てて詳しく分析し、特に「台湾をめぐる米中間の対立は一層顕在化していく可能性がある」と指摘。米国の同盟国として日本が台湾防衛に関与せざるを得ない状況にある事を示唆している。

菅政権に「存立危機事態」の覚悟ありや

 これに関連して注目されたのが麻生太郎・副総理兼財務相の「存立危機事態」発言だ。中国共産党100年の記念式典から4日後の7月5日、東京都内で講演した麻生氏は「ここ(台湾海峡)で大きな問題が起きると、間違いなく日本にとっては存立危機事態に関係してくる。日米で一緒になって台湾で応援をやらないかん」と説いた。

 存立危機事態とは、日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより日本の存立が脅かされる等の状況を指す。安倍晋三政権が2015年に成立させた安全保障関連法に基づき、日本が直接攻撃されていなくても自衛隊の防衛出動が出来る事になった。いわゆる「集団的自衛権の行使」を可能とする規定である。

 麻生氏の主張は必ずしも台湾防衛のために自衛隊が直接、中国軍と戦う事を意味しない。想定されるのは、仮に中国軍が台湾に侵攻した場合、台湾防衛のために出動する米軍の艦船を護衛したり、周辺海域の機雷を掃海したりといった支援活動だ。これを麻生氏は「応援」と表現した。

 存立危機事態に至らずとも、日本の平和と安全に重要な影響を与える「重要影響事態」に認定し、米軍を後方支援する事を想定しておく必要がある。いざ台湾海峡有事となれば、米国のインド太平洋軍が駆け付ける。その最前線を担う在日米軍に対し、物資を補給したり、兵員や装備・物資の輸送を助けたりするのが後方支援だ。

 米軍・自衛隊間の作戦計画にとどまらない。日本国内の道路、港湾、空港の優先使用を米軍に認める手続き等を想定し、関係する政府機関と自治体、民間事業者の間で事前に調整しておく必要がある。国・地方に民間を巻き込んだ危機管理体制を構築して初めて台湾有事への対処は可能となる。裏を返せば、そうした準備なしにいくら台湾重視を掲げても軍事的な抑止力としては不十分。しかし、菅義偉政権の動きは鈍い。

 「役人の作文に終わっていないか」。7月上旬の東京都内。米軍と太いパイプを持つ防衛省・自衛隊OBらが意見交換のために集った会合では懸念の声が相次いだ。

 4月にワシントンで行われた日米首脳会談の共同声明に続き、6月に英国で開かれた主要7カ国首脳会議(G7サミット)の首脳宣言にも「台湾海峡の平和と安定の重要性」を盛り込む事が出来たのは日本外交の大きな成果と言えよう。

 米国を中心とする民主主義国家陣営が権威主義国家の代表格である中国の挑戦を受けているのが新冷戦の構図。地政学的に民主主義陣営の前衛として中国と対峙しなければならない日本にとって、何よりも重要なのは民主主義諸国の結束と協力である。台湾を巡る危機認識を国際的に共有する事は中国に対する大きな牽制となる。

 防衛白書にも「台湾をめぐる情勢の安定は、わが国の安全保障にとってはもとより、国際社会の安定にとっても重要」と盛り込まれた。だが、台湾情勢の安定のために何をするのかについては「わが国としても一層緊張感を持って注視していく必要がある」との記述にとどまった。役人の作文として書けるのはここまでという事だろう。

 麻生氏が台湾海峡を巡る存立危機事態に言及したのは、政権首脳として台湾有事に備える覚悟を示すためだったのだろうか。講演が行われたのは、自民党が思うように議席を伸ばせなかった東京都議選の翌日。今秋に衆院選を控える中、党勢を立て直したい思いが安保法制定の意義をアピールする発言に繋がったようにも映る。

 麻生氏は同じ講演で東京五輪にも触れて「巨大な祭典ですから(開催に成功すれば国民の)気分も変わりますって」と語っている。しかし、新型コロナウイルス「第5波」の真っ只中で開かれた東京五輪は、日本人選手達のメダルラッシュとは裏腹に、感染対策に失敗した政府への不信感を増幅させる結果となった。

 衆院選後も菅政権が存続するのかどうか、不透明な政治情勢となっている。8月以降も内閣支持率が低迷するようなら、9月の自民党総裁選で首相をすげ替える案まで取り沙汰される。

経済デカップリングを巡る日米の溝

 4月の日米首脳会談は、同盟強化によって中国を牽制する外交成果だったが、同時に「菅さんは重い宿題をもらってきた。その答えを真剣に考えていかないといけない」と、前述の会合に出席した陸上自衛隊OBは指摘する。宿題とはまさに台湾有事への対処計画であり、中国が領土的野心を露わにしている尖閣諸島(沖縄県)の防衛態勢強化であり、米国がアジア太平洋地域への配備を目指す新たな中距離核戦力(INF)システムの受け入れ検討も含まれるだろう。

 いずれも国民に軍事的負担を強いるものであり、その必要性を丁寧に説明し、理解を得る努力が政府に求められる。五輪開催を最優先にしてきた菅政権にその余力はなさそうだ。衆院選後の政権トップが菅首相であれ、他の誰であれ、米国から課された宿題が重くのしかかる事になる。

 中国に対する脅威認識の調整も日米間の課題だ。バイデン米政権は中国を「最も深刻な競争相手」と呼び、軍事・経済の両面で対峙する姿勢を鮮明にしている。

 また、日本政府は軍事面では中国を「わが国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸念となっている」(防衛白書)と受け止める。

 だが、対中貿易と中国からのインバウンド(訪日旅行)はアベノミスクに不可欠な要素であり、アベノミクスを引き継いだ菅政権の対中政策は軍事対立と経済共存のデカップリング(切り離し)が基本だ。一方の米国は民主主義陣営と中国の経済圏を切り離す意味でのデカップリングを狙う。

 グローバル化した現代の世界経済が、資本主義と社会主義の経済圏に切り離された米ソ旧冷戦下のようになる事はあり得ない。しかし、中国はレアアース(希土類)の輸出や鉄鉱石、農産物などの輸出を外交カードに使った事によって、世界経済のサプライチェーンに脅威を与える存在となった。米国が台湾を重視する理由としては、軍事的な要衝という点のみならず、半導体やIT(情報技術)産業のサプライチェーンから中国を切り離し、代わりに台湾を組み入れる狙いも指摘される。

 「米中経済戦争は終わっていない」と語る海上自衛隊OBが注目するのが10月末にイタリアで開かれる主要20カ国・地域(G20)首脳会議。バイデン米大統領と習近平中国国家主席の初会談が想定されているからだ。トランプ前大統領と習主席が繰り広げた報復関税合戦はコロナ禍による世界経済の混迷に霞みがちだが、この機に乗じて逃げを打ちたい習主席にバイデン大統領が経済戦争の次の一手を仕掛ける場になるかもしれない。

 菅首相はG20に出席出来るのか。それまでに宿題の回答を用意するのは難しいだろうが、対中政策でひとり日本が軍事と経済のデカップリングを主張する身勝手は許されないと考えた方がよい。衆院選後の政局の行方はさておき、役人の作文を超える議論が自民党内からも野党からも聞こえてこない政治の貧困は憂う他ない。

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