拙速承認と市販後評価におけるリスク
新型コロナウイルスに対する、国産のワクチンや治療薬の登場が見えてきた。第一三共が開発中のmRNAワクチン「DS-5670」は、年内にも最終の臨床試験を行い、来年後半の実用化を目指す。
また、塩野義製薬が開発中の治療薬「S-217622」は、年内に100万〜200万人分の提供体制を整える方針だ。
いずれも「条件付き早期承認制度」の適用を受け、国に承認を申請する。同制度は、国産薬剤を早期に承認するため治験の条件を緩和するものだが、販売後に評価を行う条件で承認するため、拙速な審査を懸念する声が医療現場から出ている。
政府は、海外製ワクチンに依存している現状を打破し、国産ワクチンの開発を進めるため、今年6月に「ワクチン開発・生産体制強化戦略」を閣議決定し、薬事承認プロセスの迅速化や戦略的研究費の配分等を打ち出した。
その流れに沿って、第一三共は従来数万人規模で行う最終臨床試験を、国内外の数千人規模で実施。接種後の抗体価等をファイザー製やモデルナ製のワクチンと比較する方法で有効性を確認する事等により、開発に要する期間を短縮する。
塩野義の治療薬は、承認されれば軽症者用の経口薬としては国内初。自宅で簡単に服用できる飲み薬のニーズは大きい。感染初期に1日1回、5日間服用する事で重症化を防ぎ、発熱等の症状を改善する。7月に臨床試験を開始、第1段階を9月、第2段階を11月に終了する予定だ。
国内で承認されている4つの新型コロナ治療薬のうち、軽症者用は「抗体カクテル療法」だけで、入院患者が対象だ。そのため、入院前に重症化を防ぐ治療薬が求められていた。自宅でこうした薬を飲む事で入院しなくて済めば、医療の逼迫も抑えられる。
塩野義以外の新型コロナ治療薬の経口薬候補には、中外製薬の「AT-527」、富士フイルムホールディングスの「アビガン」、MSDの「モルヌピラビル」が最終段階にある。また、米ファイザーも米国で第1段階の治験を進めており、国内外で開発競争は激化している。塩野義は経口治療薬の海外への供給に向け、米国保健福祉省の生物医学先端研究開発局と協議を進めている。
条件付き早期承認制度について、新型コロナ感染症患者を診ているクリニックの理事長は「早期承認は、国際的には評価が定まっていない方法。抗体価は免疫のパワーを測定する数値だが、それが全てではない。発病予防効果の有無について市販して実際に人々に打ってからデータを集めるとなると、海外から売ってくれという事にはならないだろう。私も第1選択にはしない」と言う。
一方、欧米やアジアの薬事規制当局トップで構成する薬事規制当局国際連携組織(ICMRA)では、日本を含む30カ国の薬事承認担当者でタクスフォースを作り、新たに開発するワクチンに関わる迅速な承認の国際ルールについて協議し、年末をめどに合意する方向にあるという。
ある自民党議員は「将来的には日本で作ったワクチンを30カ国に売り込む事が出来る。ワクチンには戦略も重要だ」と話す。
国際社会での影響力を強めるため、米中がワクチン供与でしのぎを削る中、日本は世界3番手の“ワクチン外交”を展開している。主要7カ国でワクチン接種率が最も低調であるにもかかわらずだ。それだけに、国産ワクチン・治療薬の開発が国民のためだけではない“思惑”を感じる。
前述の理事長は「科学的データに基づき、感染・発病・重症化に対する予防効果がしっかり評価されたワクチンを患者のために選んでいきたい。メーカーには、市場における勝ち負けよりも、患者のためという基本理念に忠実であってほしい」と述べる。
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