なぜ日本のワクチン開発は遅れたのか 国内外の研究開発動向から考える
新型コロナウイルスの感染拡大が始まってから1年半ほどが経過した。国内外では様々な研究が進み、診断法も、治療法も、予防法であるワクチンの開発も大きく進んできた。日本ではファイザー社とモデルナ社のワクチン接種が進んでいるが、国産のワクチンはまだ開発途上にある。なぜ国産ワクチンの開発は遅れてしまったのだろうか。6月23日に衆議院第一議員会館で開かれた勉強会では、内閣府健康・医療戦略推進事務局参事官の荒木裕人氏に、新型コロナウイルス感染症に関する国内外の研究開発動向を解説して頂いた。そこから多くの問題点が見えてきた。内閣府では「ワクチン開発・生産体制強化戦略」をまとめ、問題の解決に取り組んでいく事になるという。
三ッ林裕巳・「日本の医療の未来を考える会」国会議員団(内閣府副大臣、自民党衆議院議員、医師)「本日は我が国のワクチン開発について、これからの国民の健康や医療についての講演があります。それを参考にしていただく事で、臨床の現場で、研究の現場で、医薬品産業の現場で、大いに寄与出来る事を期待しています」
尾尻佳津典・「日本の医療の未来を考える会」代表(『集中』発行人)「昨年、日本政府は新型コロナに関する研究開発等に2000億円の予算を計上しました。アメリカに比べて少ないとの意見もありますが、日本でこれだけの予算を付けたのは立派だと思います。それでもなぜ国産ワクチンが遅れたのか、分析して頂きます」
新型コロナウイルス感染症に関する
国内外の研究開発動向について
■流行等の全般状況
新型コロナウイルスに感染しても多くは軽症から無症状ですが、数パーセントは致死的な経過をたどります。海外と国内では致死率も重症化率も違い、その原因がどこにあるのかに関心が持たれました。人種によって致死率が違うというような疫学的なデータも出ています。
最近の研究としては、デルタ株等の変異株に対してワクチンが有効なのかが、関心を集めるテーマになっています。変異株については、感染力の増大が懸念されています。日本国内でも、従来株から変異株にかなり置き換わっています。また、10年前では考えられなかった事ですが、それぞれの変異株について、どのような変異があり、それがどのように感染力や重症化に影響するのか、というデータも世界中から集まってきています。
国内の流行状況は、2021年6月13日時点で、新型コロナウイルス感染症の検査陽性者数は77万人、死亡者数は1万4000人に達しています。流行が始まった当初から言われてきたように、検査をしっかり行う事は重要です。検査をする事で封じ込めも可能になります。また、流行の動向を知るためにも、それに対する医療体制を整備していくのにも、どの程度の感染率かを知る必要があります。
■世界の研究開発動向
新型コロナウイルス感染症の診断法では、多くのPCR検査、抗原検査、抗体検査が開発・承認されています。FDA(アメリカ食品医薬品局)の承認数ですが、PCR検査は350種類を超える検査が承認されています。抗原検査は少なめで30程度ですが、抗体検査も200近い検査が承認されています。まずは検査が必要という事で、開発が進んだものと考えられます。
治療に関しては、NIH(アメリカ国立衛生研究所)の「COVID-19治療ガイドライン」があり、21年4月にも改訂版が出ています。この中の治療管理はかなり詳しく、軽症者、中等症者、人工呼吸が必要な人に対して、どのような治療が推奨されるかが解説されています。
治療法の研究開発動向を見ていくと、中和抗体の臨床開発をベンチャー企業が主導して行っています。先行しているのはアメリカです。EUA(緊急使用許可)という制度もあり、治験をある程度行った上で緊急承認する事が出来ます。この枠組みはワクチンの承認でも使われましたが、治療薬の承認でも使われています。EUAは非常にフレキシブルな制度で、既に解除したものもあります。アメリカはこのような制度をうまく利用しています。中和抗体の臨床開発は、ベンチャー企業が中心です。米、欧、中国、韓国、シンガポール、インドが主導的に実施しています。
治療薬開発に関しては、ドラッグ・リポジショニング(DR、既存薬再開発)による新規治療薬の探索が多いのが特徴です。新型コロナウイルス感染症の臨床経過を踏まえ、それに対応出来る薬を、うまくDRで使う研究が進められてきました。
ワクチンの研究開発については、WHO(世界保健機関)によると、286品目のワクチン候補が出ています。その中で研究開発が進み、21年5月末の段階では、102品目で臨床試験が実施されています。そして、既に11品目が各国で承認されています。日本のワクチンは含まれていません。ロシアでも出来て、中国でも出来ているのに、なぜ日本で出来なかったのか。しっかり反省した上で、今後何をすべきなのか、戦略を作りました。最後に紹介します。
ワクチンの承認状況を見ると、例えばファイザーのワクチンは世界30カ国以上で承認されています。ロシアのワクチンは、ロシアと中東、中南米の限られた国で承認されています。中国のワクチンも、中国以外はアフリカとアジアの一部、中南米等で承認されています。
■国内の研究開発動向
かなり多くの研究開発を行っていますが、多くがゴールまで来ていないと指摘されると、その通りです。治療薬としては「レムデシビル」が20年5月に特例承認となり、「バリシチニブ」はレムデシビルとの併用が21年4月に承認されています。それ以外に、「イベルメクチン」のような日本発の薬も含め、研究が進んでいます。
ワクチンについては、ファイザー製ワクチンが21年2月に、モデルナとアストラゼネカのワクチンがそれぞれ21年5月に承認されました。日本では7品目のワクチンの開発が進められています。この7品目については、臨床治験がフェーズ1/2、あるいはフェーズ2/3に進んでいるものもあります。また、様々なモダリティでしっかり対応出来ています。組み替えタンパクワクチンであれば塩野義が進んでいますし、mRNAワクチンでは第一三共が、DNAワクチンではアンジェスが、不活化ワクチンではKMバイオロジクスが開発に取り組んでいます。
診断法の研究開発は、日本でも大きく進みました。21年5月現在、53種類の製品が承認済みです。また、重症化判定に資する診断法の研究開発も進んでいます。
■これまでの取り組みと成果等
令和元年末から令和2年度にかけて、様々な研究開発予算を頂きました。総額1930億円と、2000億円近い予算です。この内AMED(日本医療研究開発機構)経費が約1400億円となっています。
最も大きいのがワクチン開発の総計600億円で、100億円プラス500億円の基金という形で積ませて頂きました。令和3年度も引き続きこの基金を用いて研究開発を進めて頂いています。実用化支援(医療研究開発革新基盤創成事業/CiCLE)で380億円が計上されています。これは成功したら返してもらう貸付金で、ワクチンや医薬品開発等で使って頂いています。
AMEDの研究開発については、治療法開発、ワクチン開発、診断法・検査機器開発と共に、分子疫学・病態解明の研究も進めています。また、研究を支える基盤整備も進めています。国際連携として、アジア地域に対する治験ネットワークの構築等も進めています。
このように約2000億円の予算を組んで研究開発を進めてきましたが、ワクチンの開発はどうして進まなかったのでしょうか。ワクチンを国内で開発・生産出来る力を持つ事は、国民の健康保持への寄与はもとより、外交や安全保障の観点からも極めて重要です。我が国においてワクチン開発を滞らせた要因を明らかにし、その解決に向けて国を挙げて取り組む必要があります。そこで、政府が一体となって必要な体制を再構築し、長期継続的に取り組む国家戦略として「ワクチン開発・生産体制強化戦略」を作成しました。
何が悪かったのかについては、次のような課題が挙げられています。「研究機関の機能、人材、産学連携の不足」「戦略的な研究費配分の不足」「輸入ワクチンを含め迅速で予見可能性を高める薬事承認の在り方」「数万人規模の第Ⅲ相試験の実施困難性」「ワクチン製造設備投資のリスク」「ベンチャー企業、リスクマネー供給主体の不足」「ワクチン開発・生産を担う国内産業の脆弱性」「企業による研究開発投資の回収見通しの困難性」こうした課題がある事を踏まえて、次の①〜⑨に示した「ワクチン開発・生産体制を構築するのに必要な政策」を実施していきます。
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