政府は、国産ワクチンの開発・生産体制の強化に向けた国家戦略を閣議決定した。新型コロナウイルス対応のワクチン開発で、日本は「ワクチン敗戦」とまで呼ばれるほど海外勢に遅れをとった。新戦略の策定はその反省を踏まえたものだ。ただ、同様の議論はこれまでも繰り返されながら、顧みられる事はなかった。「同じ轍を踏むわけにはいかない」。厚生労働省幹部はそう言うのだが……。
「危機管理上、極めて重要だ」。6月1日、閣議決定に先立って国産ワクチン戦略を打ち出した政府の健康・医療戦略推進本部で菅義偉首相はこう指摘し、国産ワクチンを開発・生産出来る体制の整備を関係閣僚に指示した。
新戦略は先端ワクチンの研究開発拠点の整備、有望な技術に資金を配分する組織の新設等を掲げる。また、緊急時には未承認でも一時的に使用を認める米国の緊急使用許可のような制度について年内に方向性を打ち出すとした。
ある厚労省幹部は、与党議員から「来年も外国産に頼るのか」と言われ、言葉に詰まったという。今のコロナ禍では、米、英だけでなく中国、ロシア、インドが自前のワクチンを完成させている。一方、日本は塩野義製薬やアンジェスら4社が初期、中期の臨床試験を手掛けている段階だ。
水痘、百日咳……かつて日本はワクチン開発で世界をリードしていた。しかし、1970年代以降、天然痘ワクチンによる脳炎等重篤な副反応報告が続いた。子宮頸がんワクチンによる副反応問題は今なお尾を引く。国を訴えた集団訴訟も相次ぎ、国や製薬会社はワクチン開発に腰が引けていった。
そうした中、2009年には新型インフルエンザが世界を襲った。翌年、国は安全保障の観点からワクチン開発・生産体制の強化を提言した有識者会議による報告書をまとめている。にもかかわらずほぼ放置され、感染症研究への配分資金も極めて乏しいまま。「ワープ・スピード」作戦と称し、ワクチン開発に約2兆円を投入した米国等とは雲泥の差がある。
「ワクチン敗戦」に懲りた政府は、新戦略に基づいて国産ワクチンの開発・生産支援を進めていく意向だ。とはいえ、課題もある。まずは承認に向けてクリアしなければならない第3段階の大規模臨床試験をどう実施するかだ。
実用化に向けた最終の臨床試験となる第3段階は千〜数万人規模で行う。開発中の薬を打つ群と偽薬を使う群に分け、開発中の薬の効果を調べるが、既に海外大手が大規模生産に乗り出している段階で開発中や偽薬を使う試験に多くの参加者を集めるのはハードルが高い。また、通常1年程度かかる承認審査をどこまで短縮化出来るかという問題も横たわる。
政府内には、年内の供給開始を視野に、患者数が限られる希少疾患の医薬品等を対象とした「条件付き早期承認」を国産ワクチンに適用拡大する構想もある。第3段階の臨床試験前に承認し、事後に追跡調査をする。
安定供給、国内変異株への対応といった観点からも国産ワクチンは不可欠だろう。ある厚労省幹部は「訴訟対応でヘトヘトになった事で省内に根強く残る〝ワクチンアレルギー〟を解消するのが先決だな」と苦笑した。
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