権威主義を振りかざす菅政権の不誠実
今年の沖縄慰霊の日(6月23日)が例年にも増して重苦しく感じられたのは、新型コロナウイルスの感染拡大で沖縄県に緊急事態宣言が発令されている最中だったからというだけではない。米中新冷戦の激化という国際情勢が「最前線の島」に重くのしかかる。
糸満市の平和祈念公園で営まれた沖縄全戦没者追悼式は昨年に続き新型コロナウイルス対策で規模が縮小されたため、菅義偉首相の姿はなし。ビデオメッセージで「沖縄の方々には、永きにわたり、米軍基地の集中による大きな負担を担っていただいております。この現状は、何としても変えていかなければなりません」と語った首相の言葉がそらぞらしく会場に流れた。
「辺野古」強行は「普天間」恒久化の方便
菅首相はその2カ月前に訪米し、バイデン米大統領との共同声明で「台湾海峡の平和と安定の重要性」を確認した。米中新冷戦のホットスポットとなった台湾は沖縄の目と鼻の先。対中国の最前線に位置する米軍の拠点として、その重要性は増すばかり。首相が語るべきは、台湾海峡の平和と安定のために日本はどのような役割を担い、沖縄県民の負担に政府がどう寄り添うのか、だ。
沖縄駐留米軍が態勢を強化する事になれば、沖縄海兵隊の航空部隊が駐留する普天間飛行場(宜野湾市)の返還はますます遠のいてしまうのではないか。普天間飛行場の移転先とされた名護市辺野古の埋め立て予定海域で広大な軟弱地盤が見つかっても、政府は工事可能と強弁を通す構えだ。工事を続けてさえいれば普天間返還の遅れは免罪され、その間は米軍の飛行場使用を堂々と継続出来ると考えているのかもしれない。
菅首相がいくら沖縄の基地負担軽減に取り組む姿勢を強調しても、かえって政府の不誠実さばかりが際立つ。辺野古の埋め立てに使う土砂を沖縄戦の激戦地だった沖縄本島南部から採取する計画が更に沖縄の心情を逆撫でする。太平洋戦争末期の沖縄戦で県民の4分の1にあたる約12万人が亡くなり、今も約2800柱の遺骨が見つかっていない。その遺骨が眠る地の土砂を米軍施設の土台に使おうというのだ。米軍の本土侵攻を遅らせるための無謀な玉砕戦で犠牲となった戦没者への敬意を忘れ、今また普天間返還の遅れを糊塗するために実現可能性を無視した工事を強行する。自分達の体面を守るのに汲々としているように見える政府の姿勢は、沖縄に対してあまりにも不誠実だと言わねばならない。
76年前、旧日本軍による組織的抵抗が終わったとされる6月23日を沖縄は「慰霊の日」と定めた。あの日、3カ月に及んだ地上戦は終結したものの、沖縄はその後も27年間にわたって米国の統治下に置かれ、旧ソ連や、中国共産党が1949年に建国した中華人民共和国等の共産圏と対峙した冷戦の最前線で核戦争の危機にさらされ続けた。そして今再び新冷戦の激化によって、沖縄は対中国の前衛を担わされようとしている。
追悼式で玉城デニー知事が読み上げた「平和宣言」には沖縄側の不安が滲んだ。「世界に目を向けると、依然として地域紛争は絶える事がなく、貧困、飢餓、差別、人権侵害等の多くの問題が存在しています」「グローバル化した現代において、平和な社会を創造するためには、近隣諸国との相互理解が欠かせません」
アジア太平洋の要衝にあって世界平和の架け橋たらんとしてきた「万国津梁(ばんこくしんりょう)」こそが、琉球王国以来の沖縄の悲願である。玉城知事は平和宣言で、万国津梁の精神を受け継ぐ重要性を強調した上で「沖縄から世界へ平和の輪が繋がっていく事を目指し、核兵器の廃絶、戦争の放棄、恒久平和の確立のため不断の努力を続けてまいります」と訴えた。
中国は南シナ海・東シナ海への軍事拡張を進め、沖縄県の尖閣諸島周辺に中国公船が姿を見せない日の方が珍しい程の緊迫した状況が続く。中国の核の脅威に対抗するため、米国は新たな中距離核戦力(INF)システムを東アジア地域に配備する方針を打ち出している。在日米軍基地がその候補地となる事も予想される現実と、沖縄の悲願との間に横たわる大きなギャップが慰霊の日の空気を重く沈ませていたのである。
しかし、菅首相のビデオメッセージはそうした現実から目を逸らすように、那覇空港第2滑走路や名護東道路等の交通インフラ整備が進んでいる事に触れて「21世紀の万国津梁として世界の架け橋となるよう、私が先頭に立って、皆様とともに、沖縄の振興を進めてまいります」と強調した。世界の平和の架け橋であろうとするのが万国津梁の精神なのに、そこからしれっと「平和」を抜き取り、基地負担軽減の問題を「経済振興」にすり替えるいつもの政府のやり口である。
新大西洋憲章で見せた米国の「本気」
沖縄慰霊の日に先立つ6月中旬、菅首相は英国南西部コーンウォールで開かれた主要7カ国首脳会議(G7サミット)に出席した。首脳宣言には日米首脳の共同声明と同じく「台湾海峡の平和と安定の重要性」が盛り込まれ、サミットは中国やロシア等の権威主義国家と対峙する民主主義国家陣営の結束を誇示する舞台となった。
米国の「本気」を感じさせたのが、サミットに先立って会談したバイデン大統領とジョンソン英首相が発表した「新大西洋憲章」だ。民主主義の擁護や法の支配の強化等の課題に両国が協力して取り組む事を謳った内容は中国を名指しして批判してはいないが、権威主義陣営との新冷戦に正統性を持たせる狙いは明らかだ。1941年に当時のルーズベルト米大統領とチャーチル英首相が発表した「大西洋憲章」は、第2次世界大戦後の国連や北大西洋条約機構(NATO)等民主主義を基調とする国際秩序の構築に繋がった。新冷戦においても民主主義陣営の勝利を再び、との国際アピールが新大西洋憲章なのだ。
第2次大戦は連合国(自由主義陣営)と枢軸国(国家主義陣営)が戦う構図で、日本は枢軸国側に身を置いて敗れた。資本主義陣営と共産主義陣営の旧冷戦の最中だった73年にも米国が新大西洋憲章の作成を呼び掛けた事があったが、この時の日本はそれに加わらなかった。民主主義陣営と権威主義陣営が覇権を競う新冷戦に直面した今、権威主義大国の中国と地政学的に対峙せざるを得ない日本に「不参加」の選択肢はない。
ただし、民主主義陣営の前衛を務める以上、その正統性は国内統治の民主性に求められる。だが、普天間飛行場の辺野古移設に反対する民意が民主主義手続きに則って何度示されてもあからさまに無視し続けているのが今の政府だ。全国的に多数を握った側がその権威を振りかざし、特定地域の少数者に一方的に負担を押し付けている現状は、権威主義の政治手法に他ならない。
中国共産党はこの7月1日に創立100年を迎え、共産党統治の正統性アピールに躍起だ。習近平国家主席は「中華民族の偉大な復興」を掲げ、共産党ナショナリズムの脅威が台湾を圧迫する。2027年の人民解放軍創設100年までに中台統一を実現するシナリオも取り沙汰される中、台湾防衛の決意を示した米バイデン政権。それに歩調を合わせる菅政権の「本気」が問われる。
まずは沖縄に対する権威主義的な振る舞いを改め、基地負担の在り方について沖縄と日米両政府が話し合う場を設けるべきだ。米軍に特権を与えてきた日米地位協定の改定も急務だ。沖縄の理解なくして対中最前線の防衛は成り立たない。
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