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米ロ首脳会談から見えてきた ロシアの立ち位置と外交戦略

米ロ首脳会談から見えてきた ロシアの立ち位置と外交戦略
小泉 悠(こいずみ・ゆう)1982年千葉県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。同大学院政治学研究科修了。政治学修士。民間企業勤務、外務省専門分析員、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所(IMEMO RAN)客員研究員、公益財団法人未来工学研究所客員研究員を経て、2019年から現職。専門はロシアの軍事・安全保障。19年サントリー学芸賞受賞。著書に『「帝国」ロシアの地政学——「勢力圏」で読むユーラシア戦略』、『現代ロシアの軍事戦略』等がある。

ウクライナ危機から7年、アメリカや欧州連合(EU)等による制裁で経済的に苦境に立つロシア。一方、バイデン政権に替わったアメリカは、中国との対立姿勢を鮮明にしているだけに、ロシアとの緊張状態を維持する余裕がなくなっている。冷え切った米ロ関係を何とかしたいという思いは、米ロ双方にあったようだ。今後、ロシアは世界の中でどのような立ち位置を占める事になるのだろうか。ロシアについて深く知る小泉悠氏に、ロシアの対米・対中政策について、北極海の資源や航路について、宇宙開発について、日本がロシアとどう付き合っていけばよいのかについて話を聞いた。


——6月に米ロ首脳会談が開かれましたが、双方にどのような思惑があったのですか。

小泉 あの会談については、抜本的な変化が起こる事はないと、始まる前から米ロ双方が言っていました。バイデンによる「プーチン人殺し発言」がありましたし、首脳会談の直前には大規模なサイバー攻撃が2件ありました。非常に険悪な米ロ関係だったわけですが、それぞれに思惑がありました。まずアメリカですが、バイデン政権は中国にどう出るのかが注目されていましたが、中国は軍事的にも経済的にも技術的にも封じ込めなければならない相手だという姿勢を明確に出してきました。そのためには、ロシアとの関係はあまり悪化させたくない、というのがアメリカ側の思惑だったと思います。中国と全力で向き合っている時、ロシアに背中から刺されないようにしたいという事です。一方のロシアは、ウクライナ危機からの7年でもう疲れています。経済が低迷していたところに、経済制裁とコロナ危機で、去年はマイナス3%成長。なんとかアメリカとの関係を安定化させ、将来の経済制裁解除に繋げたい。それがロシア側の危機感だったと思います。

——ロシアの経済は何に支えられているのですか。

小泉 以前は歳入の半分以上が石油と天然ガスで占められていて、エネルギー資源に依存した経済から脱却したいと言い続けてきました。実際、ナノテク投資ファンドを作ったり、イノベーションを牽引する投資ファンドを作ったりして、ソフトウェア輸出額は大きくなっています。農業も強くなっていて、現在は世界最大の穀物輸出国で、武器輸出額より穀物輸出額の方が大きくなっています。とは言え、1億4000万人余りのロシア人が、ソフトウェアや農業だけで食っていけるかというと、そうではありません。やはり石油と天然ガスの占める割合は大きく、今後脱炭素化が進んで行く事を考えると、特に石油は厳しいでしょう。

軍事力を政治的に使う

——ロシアは経済の立て直しが重要なのですね。

小泉 経済もそうですが、とりあえずアメリカとの間で望んでいるのは、悪化し過ぎた関係を何とかしたいという事です。そうしないと、将来的な制裁解除の見込みも立ちません。ロシアは7年のアメリカとの軍事対立で、かなり苦しくなっています。これをあと10年も20年も続けるのが無理だという事は、よく分かっているのです。

——米ロの軍事費はどのくらい差があるのですか。

小泉 アメリカの国防費は円建てにすると80兆円くらい。これに対しロシアは6兆円強で、数字だけ比較すると13倍以上の違いです。普通に考えると勝負になりませんが、ロシアは人間も兵器も全て国内で調達出来るので、ルーブルで払う事が出来ます。ルーブルは国際的に暴落していますが、ロシア国内での購買力が跳ね上がります。更に軍需企業が原価ぎりぎりで納めさせられるので、ロシアの国防費は数字より使いでがあります。

——しかし、それでも大きな差がありそうです。

小泉 実際には10兆〜20兆円くらいの購買力があると言われますが、それでも80兆円のアメリカとは大差があります。それに加え、ロシアはハイテクに弱く、人口も停滞している事から、規模でも質でも、世界最強の軍隊になる事を既に諦めています。では、白旗を挙げるのかと言えば、そうではありません。国家と国家が殴り合うような戦争になった場合には、古典的な軍事力、長距離精密打撃力、サイバー戦や対衛星攻撃等を組み合わせ、勝つ事は出来ないものの相手の戦力発揮を最大限妨害します。そこで核の脅しをかけ、負けないところで終結を図る戦略です。また、この10年くらいのロシアの軍事理論では、軍事力を政治的に使う事を重視してきました。軍事力は使うが、それで勝利しようとするわけではなく、何か有利な状況を作り出そうとするというものです。ウクライナへの介入は、同国をずっと紛争状況に置き続け、NATO(北大西洋条約機構)やEU(欧州連合)に加盟出来ないようにする事でした。戦争は手段ではなく、目的になるわけです。この意味ではロシアの軍事力は外形的な数値だけでは測れません。ただ、こうした事を成功させるためにも、まるっきり弱いわけではない、という事が重要になります。その点、90万人の軍隊というのは世界中でなかなかないですし、核戦力は世界で1番目か2番目。兵器の性能は世界最高峰ではないけれど、その次か、次の次くらいものは作れる水準です。もう1つ大事なのは、ロシアがこの20年ずっと戦争をしていて、実戦のノウハウを持っている事です。

——アメリカとの関係は今後どうなりますか。

小泉 今回の会談で出せた唯一の共同声明は戦略的安定性に関するものでした。核軍備管理に関する声明です。折り合えない事がいっぱいあるけれど、お互いの安全に寄与する軍備管理では協力しよう、と休戦協定みたいなニュアンスを私は強く感じました。

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