日本人の死因の第1位はがんだが、超高齢化が進む日本では、これから循環器病が大きな問題になっていくという。既に医療費はがんの1.5倍に膨らんでおり、75歳以上の人口増加に伴い、患者数の増加も見込まれている。循環器病の中心となるのは心不全だ。弁膜症、心筋梗塞、心房細動等の心臓疾患の終末像として、高齢になってから心不全を発症するケースが急増している。こうした循環器病の予防啓発を第一の目的として、日本循環器協会が設立された。
——今、循環器病の重要性が増しているのですか。
小室 循環器病は生活習慣の欧米化と高齢化によって徐々に増えてはいました。ところが、最近の超高齢化によって、ものすごい勢いで増え始めているというのが現状です。この40年、死因のトップはがんで、循環器病が2位というのが続いていました。世界的には循環器病がトップの国が多いので、日本は特殊です。ただ、65歳以上の高齢者に限ると、状況が少し違ってきます。循環器病と言う場合、心血管疾患だけを指す場合と、脳卒中を含める場合があるのですが、心血管疾患と脳卒中を合わせると、65歳以上ではがんとほぼ同じ死亡者数になり、75歳以上ではがんよりも多くなるのです。
——75歳以上の人口は増えていますね。
小室 日本の人口は減少傾向にあり、この5年で80万〜90万人も減っているのに、75歳以上の人口は増えていて2060年まで減りません。従って、今後ますます循環器病が増えると考えられるわけです。日本人の平均寿命は男性が81歳、女性が87歳と世界でもトップクラスですが、介助を必要としない健康寿命は男性が72歳、女性が75歳です。男性で9年、女性で12年ほど平均寿命と健康寿命との解離があり、その期間は何らかの介助が必要になります。介助が必要になる原因は何かというと、脳卒中と心血管疾患が1位で約2割を占めています。更に2位の認知症の3割くらいは脳血管疾患が関係しているので、それも加えると、介助が必要となる理由の4分の1を循環器病が占めているのに対し、がんはわずか2%です。健康長寿のためには循環器病対策が重要だと言えます。
——国民医療費への影響はどうでしょう?
小室 国民医療費は年々増えて現在は43兆円ほどですが、一番使われているのが循環器病です。約2割を占めていて、がんの1.5倍くらいの医療費を使っています。従って、がん大国の我が国でも循環器病はがんと並ぶ重要な疾患であると言えます。
心不全による入院者数は年々増加する
——循環器病で最も問題なのは心筋梗塞ですか。
小室 今まで死亡率が高く発症数も増加していた心筋梗塞が循環器病の代表とされていました。日本でも生活習慣の欧米化に伴って心筋梗塞の発症が増えた事で、国は5疾病の1つに心筋梗塞を加え、その医療体制を整えてきました。心筋梗塞になったらすぐ病院に搬送し、病院では迅速にカテーテルによって、いわゆる風船(バルーン)療法を行います。治療後はCCU(循環器疾患集中治療室)で管理し、心臓リハビリをして退院します。この一連の医療行為によって治療成績が向上しました。30〜40年前は、病院に行かないと半数が死亡し、病院に行っても20%くらいは死亡していた心筋梗塞が、今では病院に行ってカテーテル治療が出来れば、院内死亡は8%以下になっています。その一方で、近年大きな問題になってきたのが心不全です。この10年心筋梗塞の入院患者数はあまり変わらないのですが、心不全患者は現在130万人おり入院患者数も急増しています。
——心不全は何が原因で起こるのですか。
小室 心不全はあらゆる循環器疾患の終末像とも言え、心筋梗塞はもちろん、弁膜症、心房細動、先天性心疾患でも最後は心不全になります。弁膜症は国内の推定患者数が200万人と言われていますが、この病気も高齢化で増えています。年をとると心臓の弁がしっかり閉じなくなったり、開かなくなったりするのです。心筋梗塞等の虚血性心疾患が約80万人、心房細動も約80万人と言われています。それから、先天性心疾患の成人が約40万人います。これらの循環器疾患を持つ人の中から、心不全に進んでしまう人が出てくるのです。それから、最近注目されているのはがんの患者さんが心不全になりやすいという事です。また国内に4300万人いるとされている高血圧と1000万人いる糖尿病の患者さん、特に高齢者では心不全になりやすいので要注意です。
——心房細動は脳梗塞の原因として有名ですね。
小室 そうです。有名人が心房細動から脳梗塞になった事でよく知られるようになりました。ところが心房細動から脳梗塞になるよりはるかに多くの人が心不全になるのです。先天性心疾患は昔から100人に1人は心臓に問題を持って生まれてきます。大きな異常がある場合は、以前はすぐに亡くなるケースが多かったのですが、手術が進歩したため成人する人も多くなってきました。成人性先天性心疾患というのですが、我が国には現在40万人いて、毎年9000人ずつ増えています。この方達も手術で完全に治す事が出来ない場合は最終的に心不全になります。
——がんの患者さんに心不全が多いのはなぜですか。
小室 がん治療が進歩した事で、がんになっても長生きする人や治る人が出てきました。しかし、ほとんどの抗がん剤は心臓を傷害するため、がんの治療中や治療後に心不全になる人が増えてきたのです。昔なら抗がん剤を使う人が長生きする事はほぼなかったのですが、最近はがん以外の問題が起こってきました。乳がんと診断され、治療を受けた人を追跡したところ、9年目くらいから、乳がんで亡くなる人より心臓病で死亡する人の方が多くなっている事が分かりました。抗がん剤治療で心臓がダメージを受けてしまう事が原因となっています。
循環器病の予後はがんよりも悪い
——循環器病は怖い病気なのに、一般には十分に伝わっていません。
小室 そこが問題です。昨年、国立がん研究センターが、全てのがんの5年生存率を平均すると68.6%だったと発表しました。5年生存はほぼ治ったというのに近い状態です。一方、1万3000人の心不全患者の予後を調べたところ、4年生存率が55.8%でした。心不全の予後はがんよりも悪いのですが、この事はほとんど知られていません。がんと診断されたら誰しも大変だと思いますが、心不全と言われても誰も怖がりません。本当は怖がっていただけないといけないのです。
——何とかしなければいけませんね。
小室 脳卒中と心血管疾患を専門とする人達が集まり、多くの国会議員と面談を繰り返し、循環器病に関する法律作りをお願いしてきました。そうして出来たのが「脳卒中・循環器病対策基本法」です。2018年12月の臨時国会の最終日に通り、その1年後の19年12月に法律が施行されています。その後、厚生労働省の中に循環器病対策推進協議会が立ち上がり、20年10月に基本計画が作成され閣議決定されています。現在は都道府県ごとに対策推進協議会が立ち上がり、推進計画を作成し実行に移している段階です。
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