虚妄の巨城
武田薬品工業の品行
武田薬品工業は5月21日、国内で供給予定の米モデルナ社製新型コロナワクチンについて、「厚生労働省より医薬品医療機器等法第14条の3に基づく特例承認を取得した」と発表した。
更に同日、「ワクチンの流通体制」を発表。それによると、近鉄エクスプレスや日本航空、関西エアポート、三菱倉庫等で構成する「プロジェクトチーム」を結成して、「ワクチンの製造地のベルギーから日本までの輸送と、国内の接種会場への流通体制を構築した」という。
時間は前後するが、米医薬品会社のノババックスは同月7日、新型コロナウイルスワクチンの日本への供給を今年末か来年初めに開始すると発表。無論、認可を得られた場合だが、「武田薬品工業が日本市場への供給を支援しており、年間で約2億5000万回分を製造する予定」(ロイター通信5月7日付配信記事)とか。
武田は一時、出来てもいないのに大宣伝していた例の「新型コロナ治療血漿分画製剤」が海外の13社と組みながらも大失敗に終わった雪辱を晴らすように、他社の開発・製造のワクチンで巻き返しを図るかのような勢いだ。
供給体制の混乱や、ワクチン接種に協力する医師・看護師の人手不足等何かとゴタゴタ続きの印象があるものの、一般的にはコロナ禍の行く末が全く見えない中、武田のこうした取り組みが好感を持って迎えられたとしても不思議ではあるまい。
好材料でも反転の兆し乏しい株価
だが、肝心の株価となると反転の兆しは未だ乏しいようだ。3月22日に4306円までいったものの、以後現在まで下落した位置で推移。なかなか3800円台にも辿り着けない。一時期、気の早いある証券会社は「武田薬品が急騰した」と煽り、今後「株価は最低でも6300円、妥当ラインとして9450円」等と景気よく打ち上げていたが、当の武田ですらこんな数字は信じていないのではないか。
2021年3月期決算を見ると、それほど悪くはない。売上高は前期比で2・8%のマイナスだが、3兆円台を維持して3兆1978億1200万円。経営利益は3662億3500万円だった。
もっとも、これは1兆3600億円もの資産・事業売却額も考慮せねばならず、額面通り受け止められないが、前年度の経営利益が607億5400万円の赤字だった事を考えると、収益が改善したのは間違いない。
ちなみに、営業利益は5092億6900万円で、前年比で407・2%という大幅な伸び。営業利益率も15・9%と、前年度の3・1%に比べてようやく「普通の会社」並みに改善されたが、それでも中外製薬の38・3%、小野薬品工業の31・8%、塩野義製薬の39・5%と比較したら半分以下だ。
この差は、やはり自社が創薬したヒット商品があるかないかが大きく反映している。いくら「売り上高世界第9位のメガファーマ」等と武田が胸を張ろうが、所詮は他社の買収や提携でしか稼ぎどころの商品を抱えられない哀れさ。国内では「図体は大きくとも自分で稼げない会社」という評価が定着しそうだ。
しかも、一見すると好材料がありながら、なかなか株価に結び付かないのは、アイルランドの製薬大手・シャイアーの買収が完了してから2年以上経つのに、未だブロックバスター(年間売上高が1000億円超の医薬品)が登場したわけでもなし、市場が納得するような大型買収の成果が何も出ていないためだろう。武田の看板商品だった「アリナミン」まで手放し、大阪の本社ビルまで売却してようやくつじつまを合わせている形だ。
その一方で、シャイアー買収後もがん治療技術の米社マーベリック・セラピューティクスをこの3月に約570億円で買収する等、何のための資産・事業売却なのか分からないような手を打っているが、未だ自社の創薬に展望が持てないからとしか解釈しようがない。これでは、株価好転の材料は乏しいだろう。
本来であれば、製薬会社のうち新型コロナワクチンをどういう形であれ国内で手掛けているのは武田しかなく、市場では好材料のはずのように思えるが、案外そのワクチンに関連した話題も株価反転を阻害しているように受け止められなくもない。つまり仮に認可されたとしても、果たして武田が供給に支障が生じないようノババックスのワクチンを生産出来るのかという不安が拭えていないためではないか。
武田はこの4月、「乾燥弱毒生おたふくかぜワクチン『タケダ』の欠品に関するお知らせ」を発表した。内容は、おたふくかぜワクチンが「製造を行っている弊社の山口県光工場において、ワクチン原液製造工程に逸脱が確認されたため、製造所内で保管していた本製品の出荷止めを行いました。その後、原因は究明されたものの、保管していた本製品の品質への影響を否定できないとの結論に至りました」というもの。
出荷再開は10月になるというが、各自治体では1歳と小学校入学前の1年間に接種するケースが多い。しかも、武田が国内供給の約半分を占めているため、あちこちで接種の予約受付が中止になる等の混乱が生じた。「逸脱」の内容は仔細不明だが、「原液を製造する設備のフィルターに異常が見つかった」(『日本経済新聞』電子版4月19日付)という。
「グローバル企業」にはあるまじき醜態
しかも、「弊社の山口県光工場」といえば、19年にも大問題を起こしている。米国の規制当局である食品医薬品局(FDA)が19年10月に、武田の前立腺がん・閉経前乳がん治療剤である「リュープリン」の製造に関連して光工場の査察を行い、製品を製造するための品質管理ルールのGMPに違反していると発表したのだ。
具体的には、医薬品である以上、無菌操作で製造されるべきなのにGMPの基準に達していなかったというお粗末な内容。しかもGMP違反と断じられた武田は工場の改善計画を提示したものの、20年6月にFDAから「不十分」だとして警告書まで突き付けられた。「グローバル企業」にあるまじき不名誉極まる醜態で、リュープリンも一時出荷停止となり、医療現場では患者の治療が中断する等混乱が生じた。
今回のおたふくかぜワクチンの一件も、また同じ事が繰り返された形だ。しかも、おたふくかぜと違い、新型コロナはけた外れに接種者が多く、製造が予定されているいわくつきの光工場がまたトラブルでも起こしたら、今度は社会的な大問題となる。株価の好材料どころか、大幅な下落は必至だろう。モデルナだ、ノババックスだと話題を振りまいても、「最低でも6300円」というのは夢のまた夢に違いない。 (敬称略)
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