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リュープリン問題で浮上した「薬剤安定供給」の課題

リュープリン問題で浮上した「薬剤安定供給」の課題
医療現場に混乱招いた薬剤管理の脆弱な国際基準

昨年、武田薬品工業の「リュープリン」の生産が途絶え、乳がんと前立腺がんの診療に大きな影響が出た。米国の食品医薬品局(FDA)の査察で、製造プロセスに問題を指摘された事がきっかけだった。一連の騒動と論点を佐野厚生総合病院の和田真弘・乳腺外科部長が論文にまとめた。武田に留まらない教訓を含んでいるため、概要を紹介する。

 医薬品の製造に携わる者が守るべき内容を定めたものにGMP(医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準)がある。GMP違反を発端に突然の供給停止になったのが、「リュープリン」の名称で武田が製造・販売している医薬品(一般名=リュープロレリン、LH‐RHa=黄体形成ホルモン放出ホルモン作動薬)だ。乳がんや前立腺がん、子宮内膜症や子宮筋腫等のホルモン依存性疾患の治療に用いられる薬剤で、国内の使用量シェアはLH‐RHa製剤全体の約70%を占める。

 リュープロレリンは世界保健機構(WHO)の必須医薬品(エッセンシャル・メディスン)リストにも掲載・登録されている。これは、どのような医療システムにおいても、いつでも、適切な量、適切な剤型で、品質が保証された上で、個人や地域社会が納得出来る価格で入手出来るものでなければならないものを指す。

 FDAは2019年10月、リュープロレリンを製造している武田光工場(山口県)に対し、米国向け医薬品の製造所として査察を行った。その際、無菌製造(無菌製造の完全性試験の不備、クリーンルームの管理不適)と、品質部門の機能がGMPに適合していないという違反が観察された。武田は改善計画を提出したが、FDAは不十分と判断、20年6月に警告書を発出した。

 武田は同月、リュープロレリンの生産を一時停止。リュープロレリン及びその類似薬の製造・販売3社は、自社製品使用の患者への薬剤供給を優先。医療現場はLH‐RHa製剤の入手困難に陥り、がん患者の命に関わる問題になった。武田は当初から生産停止に関する十分な情報を公開せず、GMP違反があったと申告するのみ。20年7月、ようやく20年9月からの生産再開を発表した。

 医薬品医療機器総合機構(PMDA)と、査察業務を委託されている山口県健康福祉部薬務課は定期的な査察を行っていたはずだが、GMP違反はないと判断。以上の状況から和田医師は以下の3点を指摘する。

①リスクの分散。一工場の生産停止で国内の医療現場が混乱した。安定供給を維持するための体制構築策として、▽政府がエッセンシャル・メディスンを下支えするような価格を設定▽安価で同じ効能効果の薬剤を緊急輸入して対応出来る体制を作る。

②GMPの統一化・標準化。医薬品のサプライチェーンはグローバル化しているため、国際整合性を図りながら当局間の相互査察が進むような体制作りが必要だ。その枠組みとして1995年にPIC/S(医薬品査察協定および医薬品査察協同スキーム)が設立されたが、法的効力や罰則がない。武田の事案で分かったのは、日本のGMP基準はFDAと同一基準ではない事だ。世界では医薬品製造設備の査察に関する相互承認協定(MRA)を進めているが、日米間では21年2月現在、MRAは締結されていない。

③各国間のGMP基準に基づいた査察に齟齬が生じた場合、解決機能を持つ世界的システムの構築。PIC/S加盟国間でGMP査察結果の乖離・紛争が生じた場合、PIC/Sは解決・仲裁の権限までは持っていない。医薬品の製造・販売がますますグローバル化し、複雑化していく中、そのシステム作りは必須だ。

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