「ポストコロナ」では財政健全化が大きなテーマに
新型コロナウイルスの感染拡大は、政府の財政を大きく圧迫し、経済財政政策に大きな影響を与えかねない状況になってきた。しかし、首相官邸や与党の歳出拡大圧力により、今夏に作成する政府の「経済財政運営と改革の基本方針2021」、いわゆる「骨太の方針2021」は「骨抜き」になりそうだ。
今回の骨太方針は、団塊世代(1947〜49年生まれ)が75歳以上の後期高齢者に入り始める2022年度の予算編成の「土台」となるが、新型コロナで肥大化した予算を適正化させる機運は乏しい。25年度のプライマリー・バランス(PB、基礎的財政収支)の黒字化という従前の目標は、議論すらされず、そのまま棚上げされる見通しとなりつつある。
PBは政策的経費を税収等で賄えるかどうかを示す指標。20年度の国と地方のPBの赤字は69兆円で、昨年1月の試算から54兆円も膨らんだ。
財政規律はなし崩しに〝形骸化〟
PBに関する議論が棚上げされているのは、3度目の緊急事態宣言が4月に発令される等、新型コロナの感染がなかなか収まらない状況だからだ。感染力が強いイギリス由来の変異株等が国内でも流行しつつあり、政府は4月末に都道府県の事業者支援等に5000億円の予備費の投入を決定する等、感染抑止に向けてなりふり構わず歳出拡大を続けている。
一方、財政健全化に向けた議論は財務省を中心に静かに始まった。4月7日には、財務省の財政制度等審議会の総会と財政制度分科会が開催され、会長の榊原定征・東レ元社長は「経済構造の転換による生産性の向上、社会保障の受益と負担のアンバランスの是正が重要な論点になる。日本経済、財政の偏る構造的課題に切り込んで、あるべき姿、道標を示したい」と意気軒高に語ったが、その意気込みとは裏腹に政府全体の議論は盛り上がりに欠けている。大手、中小を問わず、大きく取り上げるメディアは皆無に等しい。
コロナの感染拡大がどれほど続くのか見通せず、経済への影響もじわりじわりと出始めているのも大きい。20年度の有効求人倍率は平均1・1倍で、前年度に比べて0・45ポイントも低下した。リーマンショック後の09年度(0・32ポイント低下)を超え、オイルショックの影響が続いた1974年度のマイナス0・76ポイント以来、46年ぶりの下落幅となったのだ。こうした雇用統計の悪化は、政府も見過ごせない。
秋と目される解散総選挙で生き残りをかける自民党議員の中には、従業員の雇用を維持するための「雇用調整助成金」の特例措置の継続を求めたり、生活困窮者を中心とした給付金の再支給といった「歳出拡大」を望んだりする意見は根強い。下村博文・自民党政調会長も記者会見で「国民の生命、健康と生活を守り抜く、それから事業の継続、雇用の維持、全力を挙げていきたい」と述べており、財政規律には触れていない。
財政規律は新型コロナの猛威の前になし崩しに形骸化しており、借換債を含む国債の発行額は20年度、21年度ともに200兆円を超える。近年は150兆円程度で推移していた年度もあるだけに、その膨張度合いは異様ともいえる。政府はこれまでの骨太方針で、25年度に「国・地方を合わせたPBの黒字化」を財政健全化の目標に掲げているが、その達成も風前の灯火だ。
歳出削減の「象徴」として狙われそうなのが、来年4月に行われる2年に1度の診療報酬改定だ。その改定率は年末の各省庁による折衝で決まるが、コロナ対応をする医療機関は診療報酬を大幅に増額しており、「見直すにも相当難しい作業になる」(厚労省幹部)との声も挙がる。一方で、コロナによる「受診控え」も手伝ってか、医療費は大幅に減っているため、例年取り組んでいる社会保障費の抑制は容易ではないか、との見方もある。
こうした状況だけに、今回の骨太方針で従来の目標を修正するのかどうかが大きな焦点の1つだったが、首相官邸や財務省の動向に詳しい政府関係者の1人は「PBの達成時期については、新型コロナの感染が収まらないので、このまま据え置きとする方向のようだ。解散総選挙を控え、今の目標を変えてしまうと『寝た子を起こす』ので、棚上げにすると聞いている」と明かす。
ただ、財政健全化に向けた議論に一石を投じかねないのが、「こども庁」創設の動向だ。子ども子育て本部を所管する内閣府、幼児教育を担う文部科学省の間で組織の在り方を巡って、水面下で「さや当て」が続いているが、そうした状況を半ば静観し続ける厚生労働省の一部には、財源論に踏み込もうという考えもある。
厚労省のある幹部は「出生数が80万人を切りかねないという未曾有の少子化が進行しており、こども庁創設に合わせて子育て世代への給付の拡充は必要だ。その際には、消費税増税のような政策とセットで考えないといけないのではないか」と論じる。
少子化や社会保障制度改革がテーマになった4月26日の経済財政諮問会議では、竹森俊平・経済産業研究所上席研究員や中西宏明・経団連会長(当時)ら民間議員が「子ども・子育て世帯等への支出を拡大する観点から、応能負担を中心に財源を確保しつつ、必要な支援策を講じ、諸外国比でみてもそん色ない水準に引き上げるとともに、より効果的な支出に振り向けていくべき。長期的には、歳入改革を通じて十分な財源を確保しつつ、子ども・子育て世帯に重点を置いて支援していくべき」という考えを表明している。
こども庁は、菅義偉政権が総選挙の目玉政策の1つに掲げようとしているのは周知の事実だ。首相は4月に衆院厚生労働委員会で「虐待の子どもをゼロにしなければならないという思いだ。現状では各省庁が全くの縦割りになっている。子どもの視点に立って考える必要がある」等やや的外れな答弁をしているが、ある政府関係者は「選挙目当てで増税のような大きな風呂敷を広げようとは考えていない」と指摘する。ただ、先ほどとは別の厚労省のある幹部も「財源論とセットなら財務省も一考の余地があるのではないか」と期待する向きもあり、あらゆる政策に「中身」が伴わない首相が霞が関の振り付けに飛び付く可能性もないとは言えない。
歳出改革で狙い撃ちされる社保費
「本当に大変なのは、秋とされる解散総選挙後で、特に来年の骨太方針だろう」。霞が関・永田町界隈ではこうした意見がちらほら聞こえだした。大阪府堺市は2月に新型コロナで財政収支が悪化し、市民サービスが維持出来なくなる恐れがあるとして市独自の「財政危機宣言」を出した。静岡県裾野市も同様に「財政非常事態宣言」を出している。これらは首長による市民向けのパフォーマンスにすぎないが、今後、国もこうした状況に陥る可能性はあり得なくもない。
ワクチンが普及すれば新型コロナは次第に収束していく事が見込まれる。「ポストコロナ」では財政健全化が大きなテーマになるのは間違いない。歳入改革に手を付けるなら、まずは歳出改革をしなければならない。そうなれば政府予算の大半を占める社会保障費が、これまで以上に、より一層狙い撃ちにされる日が来るかもしれない。
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