武田薬品工業が、アイルランドの製薬大手シャイアーの買収を完了したと発表してから、早くも2年以上が経過した。その結果、武田は売上高だけで見るなら昨年度は既に世界第9位で、メガファーマ(巨大製薬企業)の地位を確立している。だが社長のクリストフ・ウェバーは、そのようなポジションでもまだ不満のようだ。
周知のようにウェバーは昨年12月9日に開いた自社製品の説明会で、「2030年度までに売上収益5兆円の目標達成に自信を持っている」と豪語している。5兆円といえば470億㌦相当だが、メガファーマでは昨年度の決算だと1位のロシュ(618・69億㌦)や2位のファイザー(517・50億㌦)には及ばないが、3位のノバルティス(474・45億㌦)とほぼ同じレベルになる。
ウェバー本人がどこまで本気か別として、いくらメガファーマ入りが叶ったとはいえ、あと9年ほどで武田がトップ3に食い込むとは、世界の医薬業界関係者が聞いたら一笑に付すのが関の山だろう。
経営者が目標を高めに設定するのは特に珍しくはないだろうが、それでも「売上収益5兆円」達成の算段がふるっている。開発中ながら24年度までに承認を目指すという、武田が「ウエーブ1」と呼ぶ12の新薬候補品が、全て収益を生むというのが前提になっているのだ。治験を開始した薬剤を製品化できる確率は通常、20%から30%とされているから、「5兆円」というのはどう贔屓目に見ても夢物語でしかない。
〝壮大な目標〟に株式市場は動かず
実際、ウェバーが「自信を持って」打ち上げたこの壮大な目標を市場が真に受けた形跡はない。株価にさしたる影響が見られなかった事から一目瞭然だが、いやしくも国内の製薬業界のトップにしてはあまりにお粗末過ぎはしまいか。しかもウェバーは、法螺話とは言わないまでも、後に検証すると首を傾げたくなるような発言が目立つ。
19年11月22日、ウェバーは複数の報道機関のグループ取材に応じ、シャイアー買収という史上最高額の海外M&A(企業合併・買収)を完了した後とあってか、「買収を(主力品の特許が切れる)5年後までする必要がない」と明言し、「強固で十分なパイプライン(新薬候補)が将来の成長を支えているからだ」とその理由を説明した。
だがこの発言は、わずか3カ月後にあっさりと撤回される。武田は20年2月26日、以前から提携相手だった米バイオ企業のPvPバイオロジクスを最大約363億円(推定)で買収。更に今年の3月10日には、米バイオベンチャー企業のマーベリック・セラピューティクスを、約570億円で買収すると発表した。
その1週間前には、買収という形ではないものの最大8億5600万㌦(916億2709万円)を支出し、米バイオ医薬品企業オービッド・セラピューティクスから、希少なてんかんに対する治療用試薬の開発・商品化の権利を取得している。
こうして史上最大の買収劇にも飽き足らないかのように、相も変わらず他社や他社の治療用試薬に手を出すのも、「強固で十分なパイプラインが将来の成長を支えている」というウェバーの自負が、案外裏付けを欠いた眉唾物だからではないのか。加えて大言壮語の最たるものは、何といっても例の「新型コロナ向け血漿分画製剤」だろう。
コロナ治療薬のその後は音沙汰無し
ウェバーは昨年5月13日に開かれた同社の決算発表会見で、「臨床試験で使用する新型コロナ向け血漿分画製剤の製造をきょう開始し、7月に試験を始める方針を明らかにした」(ブルームバーグの同日付け配信記事)と報じられた。当時、「7月」どころか一部には武田の発表として「早ければ6月にも臨床試験を開始する」という報道も出回ったが、その後はこれもやはり迷走が続いている。
一時、『化学工業日報』(電子版)によれば、「武田薬品工業、米CSLベーリングなど血漿分画製剤事業を手がける企業10社超が集結し(20年12月7日付)」たとかで、共同開発の気運が盛り上がったかと思いきや、同年の6月、7月はまるで鳴かず飛ばず。結局、「当初は年内にも米国で実用化できると見込んでいたが、治験開始が約3カ月遅れたため来年春頃にずれ込みそうだ」と報じられた。
昨年12月といえば、既にその1カ月前の11月の段階で、早くもファイザーが自社の新型コロナウイルスワクチンの臨床試験について「90%を超える予防効果がある」との暫定結果を発表していた頃だ。ところが今年の「春頃」を迎えても、武田や「企業10社超」の面々がどうなっているのか、今に至るまで情報が完全に途絶えてしまっている。一時は、血漿分画製剤が買収前のシャイアーの「強み」だったというような期待感を煽る情報も出回ったが、全く音沙汰無しの状態だ。
内閣官房健康・医療戦略室がこの2月26日に発表した「新型コロナウイルス感染症に関する国内外の研究開発動向について」という報告書に、「治療法、ワクチンの研究開発動向 国内の研究開発動向」という項目がある。
そこでは「1治療法」と「2ワクチン」に分かれ、前者の16の事例の1つに「製造販売会社」として武田の企業名と、「血漿分画製剤」という「一般名」が記されており、更に「国内外臨床研究、承認状況等」として「NIH(注=米国立衛生研究所)主導の国際共同治験として実施されて」いるとの説明がある。
ならばなおの事、コロナ対策の一環として既に公的に認知されているのだから、ウェバーは企業トップとして、昨年5月の段階で「新型コロナ向け血漿分画製剤」を2カ月後に製造に向けた「試験を始める」と宣言した以上は、進捗状況ぐらい公表すべきだ。それすらしないのは他の案件と同様、「血漿分画製剤」も後で簡単にひっくり返るような重みのない言質の事例の1つでしかなかったという事か。
そもそもウェバーは、シャイアー買収について好評価が定まっていると未だに言い難いにもかかわらず、当初から「日本のM&Aの成功事例になる」 と吹聴してきた。
だがこの2年あまり、無理筋の買収であるが故のなりふり構わぬ次から次への資産や事業売却と、30歳から対象になるという上場企業にしては異例のリストラの嵐といった程度しか、話題を提供してこなかった。
せめて、「血漿分画製剤」が買収相手の「強み」であるなら、コロナ禍の今こそ製品化してみせれば「成功事例」となる材料を提供出来るはずだが、結果は不可解な沈黙だけ。買収の評価以前に、ウェバーの経営者としての資質の評価が定まるのは案外遅くはないかもしれない。(敬称略)
LEAVE A REPLY