何をやってもうまく行かない。やる事なす事全てが裏目に出てしまう。菅義偉政権が下り坂を転がり落ちている。
長男正剛氏が勤める放送事業会社「東北新社」による総務官僚の違法接待疑惑から、政権の広報戦略の要である山田真貴子・内閣広報官を失い、携帯電話料金値下げ等の目玉政策を担う総務省の谷脇康彦・前総務審議官も事実上更迭された(3月16日付で辞職)。ぶら下がり会見で急場をしのぐ菅首相の姿は、国民の目には「暗い目をした無残な老人」としか見えない惨状だ。
「菅さんは、かまずにコメント出来ないんだ。喋らせちゃいかんと言っているのに周辺が言うことを聞かない。口を開くたびに支持率が下がっていく感じだ。安倍晋三前首相や小泉純一郎元首相とはタイプが根本的に違うんだから、別の対処が必要だ」
官邸スタッフへの不満広がる
菅支持派の自民党中堅は、首相周辺の危機管理能力の欠如が禍を大きくしていると鼻の穴を膨らませた。「菅首相の良さを引き出せず、悪い面ばかりを際立たせている」という秘書官ら官邸スタッフへの不満は自民党内に以前からあったが、首相のタイプに言及した指摘は珍しい。振り返ってみれば、首相の言語能力が話題になるのも久しぶりである。
少し長くなるが、中堅議員の話を要約しながら紹介する。
昭和から平成前期まで、首相は国会終了後などの定例会見、国会答弁以外では個別の取材に応じないのが慣例だった。政治は首相個人の見解ではなく、閣議による合意で動かすという基本があるからだ。最高権力者の口先介入を排除する民主主義の知恵が、その建前だった。
ただ、それでは国民に親しみが沸かないし、時代と共に為政者の生の声をもっと伝えるべきだという流れが出来た。そこで、歩きながらの会話ぐらいには応じるという首相番記者の取材が生まれた。歩きながらの短いやり取りだから、意味が十分に通じない場合もある。それは首相秘書官らがフォローし、記者も官庁の担当者に問い合わせ、確認して報じた。時には、やり取りの中の片言隻句が自民党幹部の逆鱗に触れ、政局に繋がる事もあったから取材される側にも、する側にも緊張感があった。
変わったのは、小泉元首相からだ。「自民党をぶっ壊す」等、独自の言語感覚で国民の心をつかんだ異才の首相が登場したからだ。
小泉元首相は歩きながらの取材を止め、1日2回のぶら下がり会見を導入した。うち、1回はテレビカメラ入りで行われた。首相が直接、メッセージを国民に伝えるメディア戦略だった。よく言えば、国民により近い首相の登場だが、無批判に首相に都合のいい情報を垂れ流すという弊害も指摘された。
小泉政権の後もこの方式は踏襲されたが、最もうまく活用したのが安倍前首相だろう。言葉自体にさしたる意味はないが、回転良くまくし立てる手法はテレビ放映にピッタリだった。安倍前首相は窮地に立たされると、ぶら下がりをうまく使って釈明し、事態の沈静化を図った。
菅首相も安倍前首相の手法を踏襲したが、ここに大きな落とし穴があった。演技力の欠如とプロデューサーの不在である。
安倍前首相は演技力に優れていた。窮地に立たされた場合は、論理性は無視し、とりあえず、相手の言説を否定し攻撃に回る。国会軽視等の批判を浴びたが、自分が不利になりそうになれば、「民主党政権は何も出来なかったじゃないですか」と矛先を変えて質問者を責め立てる。子供の言い逃れのような軽口を連発し、その場をしのいだ。
プロデューサー役は経済産業省だ。OB官僚らが古巣に名付けたのは「チャラ男の集合体」。中身が伴わなくとも、その場を取り繕い、それらしく見せるプロデュース能力に長けた集団である。日米交渉等、はなから不利な交渉に出向き、自民党の族議員らに叱られない程度にと、苦心惨憺しながら、ごまかしの技術を駆使し、「一定の成果は得られた」との外形を整えてきた歴戦のチャラ男である。野党の追及の齟齬を調べまくり、国民がぎりぎりで許容するような答弁を編み出しては安倍前首相に伝授した。
極め付きは、モリカケ疑惑での言い逃れだろう。学校法人「加計学園」による獣医学部の新設を巡る疑惑で、秘書官や官僚を伴って、加計学園理事長とゴルフ、バーベキュー、レストランを楽しんだ事が発覚した安倍前首相は、国会で野党に追及されると、「獣医学部新設の計画は知らなかった」と言い放った。加計学園は国家戦略特区で学部新設を目指しており、安倍前首相は当時、特区による規制緩和の責任者だった。明らかに利害関係者だった理事長との会食、ゴルフも「知らなかったのだから問題ない」という論法で逃げ切ってしまったのだ。
経産省OBが語る。
「規制緩和は経産省が深く関わった施策で、国家戦略特区はその目玉だった。せっかくの虎の子を殺したくなかったのが大きい。それと、安倍首相のキャラなら、〝知らなかったんだよね〟で許されるのではないかとの計算が働いたんだろうね。旧来からの友人同士だしね、立場を忘れた交わりというのも世間にはある。誰しもうっかりはあるから。でも、冷静に考えるとダメだよね。役人の世界ではアウトだけど、政治の世界ではセーフもあるんだよね」
安倍前首相が残した「利害関係者だという認識はなかった」との迷言は、今回、総務官僚(旧郵政系)が連発している。1国の首相の非論理的な開き直りに何のおとがめもなかった事で、官僚達の間で、「ああ、あれでいけるんだ」との勘違いが広がったと、経産省OBは分析する。
菅流の広報確立が最大の課題
菅首相の演技力不足と、プロデューサーの不在でスキャンダルの後処理は惨々だった。
関西・中部の6府県の緊急事態宣言解除を決めた菅首相のぶら下がり会見が、その極みだろう。暗がりにヌボーッと立った菅首相に浴びせられたのは「(記者会見の司会を担当する)山田内閣広報官を隠すためにぶら下がり取材にしたのではないか」との質問ばかりだった。「同じ質問ばかりだ」と逆ギレした菅首相の表情は暗闇と共に茶の間に放映され、「キモい」「怖い」と最低の評価が下された。
「去年の関西圏の解除宣言も確かにぶら下がりで応じた。しかし、首相周辺が同じ事をしただけという意識を持っていたのなら、広報の資質ゼロだな。状況がまるで違うのだから。秘書官を含め、人材を入れ替えた方がいい。安倍前首相らとは異なる自分らしい広報戦略を身につけなければ、菅さんも危うい」
自民党長老は政権最大の課題は広報能力だと指摘する。
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