「IT国家失敗の20年」の分析が不可欠
菅義偉政権が国全体のデジタル化を重要政策に位置付け、デジタル庁を9月に新設する予定だ。その姿勢は評価すべきだが、組織を作っても機能するとは限らない。コンピュータネットワークやデータベース技術を利用した電子政府の取り組みは過去20年間、歴代政権が進めてきたが、成果は思わしくないからだ。一体何が問題なのか。
元大蔵官僚の田中秀明・明治大学公共政策大学院教授が1月27日、(株)新社会システム総合研究所のセミナーで行った「デジタル庁創設の課題と期待」と題した講演で、デジタル化を阻む岩盤を分析、デジタル庁が機能するための課題を指摘した。
政府が昨年12月に決定したデジタル庁の概要によると、発足時の体制は民間の非常勤職員も含めて500人程度。各府庁等に対する総合調整権限(勧告権等)を有する強力な司令塔機能を持たせるという。主な業務として、以下の事項が示された。
(1)政府情報システムを①デジタル庁システム②デジタル庁・各府庁共同プロジェクト③各府庁システムの区分に分類し直した上で、これらのシステムに関する事業を統括・監理、情報システムの標準化や統一化により相互の連携を確保する。
(2)国の情報システムに関する予算(2020年度で計約8000億円)はデジタル庁に一括計上、各府庁に配分する。
(3)地方公共団体情報システム機構(J—LIS)については、マイナンバー関連業務体制を抜本的に強化するため、国と地方公共団体が共同で管理する新法人に転換、デジタル庁と総務省で共管する。
(4)22年度以降の国家公務員総合職試験に新たな区分「デジタル」(仮称)を設ける。
田中氏はデジタル庁の体制について次のような問題点を指摘する。約500人のうち民間人は専門性の高い人材を30〜40人、週3日勤務の非常勤職員として採用するが、年俸は最高で本省課長並み(約1300万円)。知人のIT専門職等にデジタル庁に行きたいかと尋ねると、行きたがらないという。田中氏は「優秀な人材が来るのか」と懸念する。
また、「各府庁等に対する総合調整権限(勧告権等)」については、01年に設置された「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)」の本部長である首相が既に持っており、更に強化するような権限がないだろう、と話す。
「地方自治体のデジタル化」が要
主な業務の(1)に対しては、「デジタル化で重要なのは地方の問題」とし、住民票の発行等、地方のデジタル化が進まないと意味がないと述べた。(2)に関しては、8000億円の予算のうち、3000億円はデジタル庁だが、5000億円は各府庁に付いているので、依然として各府庁の独自のシステムが残ると言う。田中氏は「デジタル庁に予算が統合されて、例外的に各府庁にわずかに残るわけではない」と指摘する。(3)と(4)に関しては、問題解決にはならない、とにべもない。
電子政府については行政制度が日本と類似する韓国が参考になるという。国連の電子政府ランキングでは10年・韓国1位(日本17位)、14年・韓国1位(同6位)、18年・韓国3位(同10位)、20年・韓国2位(同14位)と、韓国が日本の上位にいる。また、経済協力開発機構(OECD)のデータによると、行政手続きのオンライン利用率(18年)では日本は30位(7・3%)で、旧東欧圏や中米諸国よりも低かった。
田中氏は、韓国の成功は1997年の通貨危機を契機に金大中・盧泰愚両大統領が国家再生のための改革としてIT化戦略を推進した事が出発点だという。金大統領は01年、「情報大国を築く」と宣言、電子政府法を制定。司令塔として、関係機関を統合して情報通信省を設置、大臣にサムスン電子の社長(電子工学博士)を起用した。実働部隊として、国と地方で一体的に電子政府を推進する行政安全部、各省と連携しながらITプロジェクトを管理する情報化振興院、国・地方・民間をシステムで繋ぎ国民に各種証明書の提出を求めずに関連情報の交換・連携のハブになる行政情報共同利用センター等を設けた。
これら関連組織にはITだけでなく法律や医療等様々な分野の博士号を持つ職員を多数配置。公務員制度改革により、幹部ポストの2割は官民公募、3割は政府内公募で採用、専門性や能力による選抜を行っている。また、国民はポータルサイトにより約30種類の手続きが1回で処理出来、行政では各種証明書の発行が激減。診療報酬請求は住民登録番号に紐付けられているので、ITで診療報酬をチェック、保険財政が効率化出来ている。
日本はオープンデータの入手可能性は世界4位(19年)だが、アクセス性は24位。オンラインで出来る手続きは件数ベースで77%だが、種類ベースだと12%と低い。失敗例の代表が旅券発券だ。2年間で133件しかなく、システム運営の国庫負担は年約8億円、1件当たりのコストは約1600万円もした。利用頻度が低かったのは住民基本台帳カードが必要だったり、セットアップコストが高かったり、申請時に戸籍謄本を取得、郵送が必要だったりしたからだ。マイナンバーカードの普及率も20・5%(20年10月現在)と低く、プライバシー等信頼性への懸念が利便性を上回っている。
公務員人事改革でIT専門性重視を
2000年にIT基本法やIT基本戦略を制定、韓国とほぼ同じ時期に電子政府やデジタル化を始めながら、なぜ両国で差が生じたのか。田中氏は以下の点を指摘する。
●戦略や施策の評価、問題と原因の分析がない。安倍政権下の「世界最先端IT国家創造宣言」(13年)等計画ばかりで、重要成果指数(KPI)による目標設定と成果はあるが、20年時点でKPIは223もある。目標設定は「研修回数」等プロセス中心だ。
●システム化に問題がある。システムに合わせて業務や法手続きを見直すものだが、日本の行政は現在の業務をシステム化しようとする。システムは間違いを見つけて改善していくものだが、これは無謬性を重視する行政文化に反するからだ。また、デジタル化で業務を効率化すると、予算や定員を削減されかねないため、インセンティブに欠ける。更に、国と地方自治体のシステムは異なっており、自治体間もバラバラだ。国・自治体間で連携しようとしているが、このような状況では標準化等に時間が掛かる。
●組織に問題がある。13年の改正で電子政府推進の司令塔としてIT総合戦略本部に内閣情報通信政策監(CIO)が設けられたが、権限は総合調整で、省庁の縦割りを打破出来ない。政府CIO室は公務員と民間企業からの出向者で構成されたが、省庁出向者が中心。彼らは法務職中心のジェネラリスト志向で、約2年で交代するため、IT等の専門性は軽視され、キャリアは積めない。幹部職員もIT知識が乏しく、各省庁のCIO(最高情報責任者)は官房長が就いているのが実態だ。
医療に関して、田中氏は「オンライン診療が骨抜きになりつつある」と述べた。日本医師会等はオンライン診療をやらないとは言っていないが、かかりつけ医の関与が必要だと主張。かかりつけ医の定義をコントロール出来るので、オンライン診療を止めたり進めたりする等、さじ加減が出来るとの見方を示した。
最後に田中氏は「『IT国家失敗の20年』を分析しないと、デジタル庁は成功しない」と指摘した。その上で、「デジタル化を阻む最大の壁は公務員人事。専門性の重視やデジタル分野での昇進機会等を」と話すとともに、IT分野の専門家だけでなく、法律・行政や税・医療・教育等の専門家によるチームワークが必要だ、と述べた。そして、「最終的には政治のリーダーシップの問題」と締め括った。
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