虚妄の巨城
武田薬品工業の品行
世界的なコロナ禍の猛威が依然衰える兆しがない中、G7(主要7カ国首脳会議)で唯一ワクチンの接種が実施されていないのが日本だ。
それでも、ようやく接種に向けた動きが出てきた。1月20日に開かれた衆議院本会議の代表質問で、首相の菅義偉は2月下旬までに接種を開始する方針を示して、「1日も早く開始出来るようあらゆる努力を尽くす」と述べたからだ。
ただ、厚生労働省が作成した「新型コロナウイルス感染症に係る予防接種の実施に関する手引き(第1・1版)」によれば、実際にワクチンの集団接種の実務を担うのは市町村となる。そのための環境整備にあたり、医師や会場の確保、接種の住民への通知等々、今後解決すべき多くの問題が残され、集団免疫を獲得するための「7割の人口の接種」がいつまでに達成されるか、未知の要因が多い。
同時に、肝心のワクチンに関して気になるのは、現在まで厚労省にワクチンの承認申請をしたのが、米ファイザーが独ビオンテックと共同開発したm
RNAワクチンと、英アストラゼネカが英オックスフォード大と共同開発したワクチンのみであるという点だ。
国内医薬メーカの存在が、どうも薄い。各国がワクチンを確保するため必死になり、製薬会社もしのぎを削って承認にこぎ着けようとしている中、日本の製薬企業は独自色を出せていない印象が否めない。
それでも、昨年6月に成立した2020年度第2次補正予算で、政府は生産設備等の費用を補助する「ワクチン生産体制等緊急整備基金」として1377億円を計上している。これまでに助成を受けた国内医薬メーカーは、創薬ベンチャーのアンジェスと塩野義製薬、KMバイオロジクス、第一三共、武田の5社。だが、武田だけはワクチンの独自開発に乗り出しているわけでない。
武田は米モデルナ社が開発したワクチンを、当初の発表よりずれ込んで今年9月頃までに5000万回接種分(2500万人分)を輸入し、国内に供給する計画だ。それでも「生産体制」関連の整備金の対象になっているのは、これとは別に米ノババックスの組み換えタンパクワクチンを日本で製造・販売する予定だからだ。
申請にこぎ着けるめどが立たない「医薬」
ところが、首相官邸のHPの「新型コロナワクチン接種に向けた国・自治体の準備状況」という欄には、「米国モデルナ社ワクチン5000万回分、英国アストラゼネカ社ワクチン1億2000万回分、米国ファイザー社ワクチン1億4400万回分の合計3億1400万回分の供給を受けることについて、契約締結に至っている」とあり、ノババックスの名前はない。政府と現時点で契約すら出来ていないのに、「製造」する事が確定し、しかも300億円とされる助成金が厚労省から出ているが、本当に現実性のある話なのか。
米国でノババックスは治験薬製造の遅れで臨床第3相試験(P3)にまで達していないというが、これでは最終的にいつ日本で承認されるのか見当もつかない。おそらく政府側も最初からあてにしていないから、官邸のHPから除外されているのだろう。
しかしながら昨年3月、最初に「コロナ治療薬」の開発に名乗りを上げたのは武田だったはず。それも世界中が大騒ぎしているワクチンではなく、血漿成分由来の「抗体医薬」とされた。武田がワクチン開発に乗り出さなかった理由は、予定されていた東京五輪の開催を念頭にすると「スピードを重視するなら自社で開発するのは無理だと判断した」(今川昌之・日本ワクチン事業部長)ためだとしている。
しかし、「抗体医薬」自体、開発が「スピード」とは無縁のようだ。最初の独自開発から、いつの間にか「国内外の製薬会社13社の連合組織」が「免疫グロブリン製剤」という治療薬を開発する話に変わる。
そして、昨年12月23日になって、「武田薬品工業は……『免疫グロブリン製剤』を中心に開発を進めている。10月から国内外での最終治験が始まっており、早ければ年内にも治験結果がまとまる予定。血液から作るため、有効性などは比較的高いと言われている」(小学館のサイトDIMEに掲載された「新型コロナの克服に向けて急ピッチで進む『抗体医薬』開発の現況」)といった情報も流れたのだ。
あと1週間ほどで年も暮れようという間際に、「早ければ年内」とは随分奇怪な時間感覚だが、その後「治験結果」はおろか、今年になってぱったり「免疫グロブリン製剤」の話題自体が消えている。さすがに世間も緊急事態宣言が延長されるというこの大変な時期に、いくら「有効性などは比較的高いと言われている」等と期待を持たせるようなフレーズを吹き込まれようが、申請にもこぎ着けるめども立たないような「医薬」なら関心を示すのは難しいかもしれない。
12新薬候補中、自身の創薬はわずか2つ
それでもコロナ絡みで、武田の株が1月25日、5日ぶりという大幅反発を示したことがあった。さすがに業界売り上げ1位のグローバル企業のこと、ワクチンかあるいは他のコロナ治療薬の開発でさぞかし新たな進展があったのかと思いきや、同日昼前に、『日経』の電子版が「武田薬品工業などは新型コロナウイルス感染症の合併症治療薬の研究開発に乗り出した」と流したのが原因だったようだ。
記事をよく読むと、この薬は単に「コロナに感染した患者の血管のつまりや炎症を抑える効果を見込む。……重症化を抑えることを目指す」という内容だった。世間がこの時期に求めている治療薬でも何でもない。
案の定、一時は3800円台寸前までいった株価も、市場がすぐ冷静さを取り戻したのか、また3681円(2月2日)といういつもの精彩を欠いた水準に戻っている。
そもそもこの類の「研究開発に乗り出す」くらいなら、今やどうなったのか定かでないものの、せめて「免疫グロブリン製剤」の「治験結果」を発表出来るくらいまで努力を注入した方が良策と思えるのだが。
それにこの記事によると、「遅くとも2021年夏までに動物試験で効果を確認し、実用化できるか判断する」というが、その頃にはもうワクチンの集団接種が全国で始まっているはずだ。
武田は、24年度までに承認の可能性がある新薬候補が12あるが、その中で武田自身が創薬したのは「ドラベ症候群治療薬」と「ナルコレプシー治療薬」の2品目。あとは買収等で獲得したものばかりだ。
そうした武田の事。コロナ治療薬に関しても、例の「抗体医薬」を単独で「最短で9カ月での実用化を目指す」等と世間に出来もしない話を吹聴せずとも、最初から外国メーカーのワクチン輸入程度に留めておいた方が分相応だったのではないか。(敬称略)
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