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開発中止に追い込まれたAD治療薬が「復活」

開発中止に追い込まれたAD治療薬が「復活」
エーザイには「アリセプト」と同時投薬見込む思惑も

コロナ禍にあろうとなかろうと、難病の治療、そして研究は前に進めなくてはならない。がんと並び、喫緊の課題が認知症だ。アルツハイマー病(AD)ではアデュカヌマブが日米で承認申請されている。2016年に科学誌『Nature』の表紙を飾りながら、一旦は開発中止に追い込まれた薬の復活に注目が集まっている。

 これまでに上市されている4剤は全て神経伝達の改善を図る症状改善薬であるのに対し、アデュカヌマブは疾患メカニズムに即して初の根治的な効果を狙う「疾患修飾薬」と期待される。スイスのNeurimmune社が創製した抗体医薬で、エーザイとバイオジェンがライセンス契約に基づいて導入、17年から共同開発している。Neurimmune社はチューリヒ大学(スイス)の神経免疫学チームがスピンオフし、06年に設立されたバイオベンチャー企業だ。医療ニーズの高い重大な疾患の治療と予防を目的としてユニークなヒト抗体の開発に力を入れ、遺伝子組み換えヒト抗体の領域で急成長中で、有望な抗体医薬品の候補物質が創薬及び臨床開発の段階にある。

 ADでは、第Ⅲ相に進んだアデュカヌマブに加えて、抗タウ抗体であるBIIB076の第Ⅱ相試験が実施されている。パーキンソン病を対象にしたBIIB054もある。同薬は抗α-シヌクレイン抗体薬で、やはり導出先となったバイオジェン社では、日本でも中等度のパーキンソン病患者を対象に多施設共同試験を実施している。また、同社は17年に、オプジーボで有名な小野薬品工業との間で、神経変性疾患領域における新規創薬標的に対する抗体医薬品の創製を目的とする創薬提携契約を締結している。

 さて、本題のアデュカヌマブは、遺伝子組み換えモノクローナルヒト抗体で、アミロイドベータ(Aβ)の凝集形態を選択的に標的としており、「Reverse Translational Medicine™:RTM)」と呼ばれる、Neurimmune社が独自開発した高速スクリーニングが可能な技術プラットフォームにより生み出された。認知障害の兆候のない健康な高齢者集団、または認知機能に障害が見られるが認知機能低下が非常に緩慢な高齢者集団を対象に血漿(白血球)を収集し、匿名化されたB細胞ライブラリーを作る。そこから、目指す病原性タンパク質に対する免疫応答の高い遺伝情報を効率良く探し出し、それを翻訳して抗体を作製した。

 「アミロイド仮説」に基づいた創製

 実は、バイオジェンとエーザイが共同で手掛ける抗体医薬はもう1つあり、「BAN2401」というコード名で呼ばれている。両者は、「アミロイド仮説」に基づいて創製された。ADでは、アミロイドβ(Aβ)の生成や凝集の阻害、あるいはAβを除去する事が根本治療戦略となり得る可能性があるというものだ。そのための免疫療法が指南され、1999年に、ヒトのアミロイド前駆体タンパク質(APP)を高発現させたADのモデルマウスにワクチン(Aβ1-42)を投与し、脳内のアミロイド形成の抑制と除去に成功した。軽症から中等症のAD患者に対して、これをアジュバントと合成したワクチン(AN1792)の治験が実施されたが、投与された298例中18例が急性髄膜脳炎を生じ、治験は中止された。この急性髄膜脳炎は、Aβに反応するT細胞によって生じた自己免疫性のものだと見られている。

 しかし、死亡例の剖検で老人斑の大部分が消失していた事、Aβに結合する抗体が上昇した群では、上昇しなかった群に比して顕著に病気の進行が抑えられていた事が分かり、なお安全なワクチンが模索されている。

 一方、抗体療法として抗Aβ抗体の開発も進められた。スウェーデンの家族性AD患者から、Aβ(AβE22G)が蓄積しやすくなるArctic変異が新たに見つかり、これに着目し、抗体医薬の創薬が進められた。AβE22Gから、Aβ早期の凝集体であるプロトフィブリルを抗原として、抗Aβプロトフィブリル抗体であるmAb158(マウス抗体)が作製された。Aβは、最終的にオリゴマー(比較的少数の単量体が結合した重合体)が線維化して老人斑が形成されるが、プロトフィブリルは、それより前のまだ 20 個ほどが塊となった段階を指す。

 この抗体はAβプロトフィブリルに強力に結合し、ADの遺伝子改変モデルマウス(Tg-APP ArcSwe)において脳内のAβプロトフィブリル量を顕著に減少させた。そこで、mAb158のヒト化抗体の作製を試みてBAN2401に至り、14年からエーザイとバイオジェンが提携して共同開発を進めてきた。BAN2401は、日米欧において早期AD患者1500人余りを対象とした大規模なグローバル第Ⅲ相臨床試験が実施されており、最終局面にある。新型コロナウイルスの影響もあって一部で治験の遅れがあったが、22年7〜9月期に治験結果をまとめ、同年度中に承認申請をする計画だとされる。BAN2401は、ある程度まで大きくなったAβ凝集体に結合して除去を促し、神経細胞の減少を抑える効果が期待出来る。AD発症の15〜20年前から、Aβの蓄積が開始されるため、早期発見で投薬すれば、長期間に渡り症状の進行を抑制出来る可能性がある。

AD治療薬に注力してきたエーザイ

 エーザイは97年、世界で初めての認知症薬「アリセプト(ドネペジル)」を送り出しており、薬物治療の道を拓いたパイオニアとしての強い矜持がある。伝説の薬、アリセプトを創製したのは、高卒の星となった杉本八郎氏である。夜学等で合成化学の知識を蓄え、30歳の時に自らの母親が、息子の顔も分からない認知症になった事をきっかけに、治療薬開発に取り組んだ。

 当時拠り所としたのは、70年から提唱されていた「コリン仮説」だった。AD患者の脳では老人斑とともに神経伝達物質のアセチルコリンの異常な低下が見られる事から、これを増加させて記憶力を改善する可能性を見出した。“ブラック”な研究環境で、杉本は「9時前に帰るな」「土曜も出勤せよ」、そして「週に5体以上合成せよ」と若手に檄を飛ばした。自社で1000余り合成した化合物の中から見つかったアセチルコリンエステラーゼ阻害活性を示したのがアリセプトで、まず米国で発売された。ADの症状の進行を緩やかにするだけで根治薬ではないが、患者がその人らしく過ごす時間を延ばし、家族や社会の負担を軽減する事に貢献している。当時研究部長だったのが現・代表執行役CEO(最高経営責任者)の内藤晴夫氏で、午後9時過ぎに研究所を回って、勝利を願いカツサンドを差し入れた。

 その後、開発分野を広げる事なく一貫してAD治療薬をがんと並ぶ柱として注力し、欧米のメガファーマを上回る研究開発体制で経営資源を投入してきた。ADの発見から1世紀余りが過ぎ、世界の名だたる企業が治療薬に挑んでは開発中止に追い込まれてきた。2000年以降で、世界のメガファーマ33社が、AD治療薬の開発に6000億ドル(約65兆円)以上を投じてきたが、ほとんどが失敗している。そのためエーザイの新薬には大きなプレッシャーがかかっている。使命感だけでなく、アリセプトと同時に投薬する事で、疾患を治すとともに症状を改善する事が見込めるとの思惑もあるようだ。

 人生100年時代とは言え、医師の間でも、人格が崩れていくADを恐れている人は、少なくない。こうした早期の治療薬は、早期診断とセットでなくてはならない。こちらについては、ノーベル科学賞を受賞した田中耕一氏を擁する島津製作所やシスメックス等が、血液からADを早期に検出する方法を開発している。ただし、根治薬がない状況で、診断だけがついても諸刃の剣となりかねない。まずは、アデュカヌマブの行方を見守りたい。

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