妄想や認知機能の低下、日常生活の動作に衰えが
新型コロナウイルス感染症の広がりが収まらない中、介護施設等で導入されている面会制限が入所者の体調を悪化させたり、認知症の症状を進行させたりしている。厚生労働省は10月になって規制の緩和を打ち出し、方針転換を図ったものの、依然施設によってばらつきがある。元の姿に戻るには時間が掛かりそうだ。
社会福祉士の女性(59歳)は、認知症の母親(86歳)を東京都内の有料老人ホームに入所させている。以前は1日おきに会いに行き、母をしょっちゅう連れ出しては近くの甘味店で母の好物、ぜんざいを一緒に味わっていた。
それがコロナ禍以降、2月から6月までは一切面会出来ず、緊急事態宣言が明けた6月以降もガラス越しやオンラインでしか会えていない。6月、ようやく3カ月ぶりにガラス越しで対面出来た時には、母の足取りは覚束ず、ぼんやりとした目をしていた。何より、2月まで母は「娘が来た」と理解していたのに、この時は自分の事を娘と認識出来なくなっていた。
施設側にはクラスター発生を防ぐ策
今も、パソコンの画面越しでは誰と話しているか分かっていない事が多いと言う。「このままでは本当に私の事が分からなくなる」。焦る女性はもっと母に頻繁に会いたい、と思う。しかし、自身も介護職。ガラス越しやオンラインでの面会の場合、他の家族との面会時間の調整やパソコンの設定等施設職員の事前の準備が大変な事は身に染みて知っている。だから週1回、15分で我慢してきた。女性は「体をさすってあげられないのがとても悲しい」と漏らし、肩を落とした。
新型コロナウイルスは、高齢者が感染すると重症化しやすい。更に病院や介護施設内ではクラスター(感染者集団)が発生しかねず、多くの高齢者施設は外部との面会制限を続けてきた。だが一方で、長引く規制は入所者の心身に深いダメージを与えている。
広島大学と日本老年医学会が945の医療・介護施設、ケアマネジャー751人から回答を得た、面会制限等の影響を調べた調査(6〜7月)によると、高齢者の間に妄想や認知機能の低下がみられたり、着替え等の日常生活動作に衰えが出たりしていた。医療・介護施設では39%の人に「影響が出た」という。また、「認知症の人と家族の会」(本部・京都)が9月、認知症の人の家族150人を対象に実施した調査でも、半数近い72人が「症状の悪化」等本人に影響があったと答えた。
「家族の会」は東京支部も7〜8月、会員を対象に「コロナ禍において、介護で困った事のアンケート調査」をした。自由記述が中心で、外出自粛や面会謝絶の影響による認知症の進行、家族との繋がりの喪失を懸念する声が多く寄せられた。「かみ合う会話がなくなった」「20年来通っていたスポーツセンターが利用出来ず、生活のはりを失った」等の訴えも相次いだ。その反面、「親に移してしまったら」等、会いに行く事で自らが感染源となる事への心配も目についた。
認知症予防の第一人者、朝田隆・筑波大学名誉教授はコロナ禍による外出自粛や面会制限の影響について、「人は社会との交流が減ると孤独を感じる。孤独はうつ病のリスクを高め、うつ病は認知症のリスクを高める」と指摘し、「人に会わないでいると、みるみる心身の機能が落ちる」と語る。自身は軽度認知障害(MCI)の人らを対象に、オンラインで音楽療法や筋力トレーニング、認知トレーニング等のメニューを提供する「どこでもデイケア」に取り組んでいる。コロナ禍により、対面で多人数を対象に実施するのが難しくなったからだ。
外部との接触を遮断する事が入所者の心身に良くないのは明白なだけに、介護施設の側も対応に苦慮している。東京都内のある施設の責任者は「入所者の中には目に見えて症状が進む人もいます。もちろん家族には会わせてあげたい。でも、万一感染が広がったら取り返しがつかないですし……」とジレンマを口にする。
厚労省は面会制限の緩和を通知
家族の会等の面会制限緩和の求めを踏まえ、厚生労働省は10月、規制を緩める通知を出した。「緊急やむを得ない場合を除き、(面会を)制限する等の対応を検討すること」という施設向けに出した以前の通知を撤回し、マスク着用や手指、室内の消毒等感染防止の徹底を条件に、直接会う事を認めた。
ただし、面会可否の判断は施設に委ねている。厚労省幹部は「大切な人との繋がりを絶つ事の悪影響を勘案した」と言うが、感染拡大時の責任追及を恐れて面会制限を続ける施設も出てきそうだ。
こうした中、神奈川県では高齢者施設での入所者と家族らの面会に関するガイドラインを作成した。「面会制限」の原則は継続した上で、「新しい生活様式」に沿った方法を勧めている。▽面会者は1名または必要最小限度の人数▽健康チェックシートを基に面会者の健康状態を確認▽衝立てや感染防止パネルの設置、ガラス越しの面会等の方法を検討——等が並ぶ。
オンライン面会でも、親しい人の顔を見て声を聞けば入所者の気持ちは和ぎ、一定の効果は見込めるという。とは言え、入所者が会えずに困る施設外の人は親族だけではない。オンラインではどうしても対応出来ず、「濃厚接触」を不可欠とする職の人達だ。
「痛いから来て。辛いの。どうして来ないの?」
横浜市内で治療院を営み、神奈川県東部を中心にリハビリの訪問マッサージを手掛ける倉嶋桂子院長の携帯電話には、2〜3日おきに介護施設に入所中の女性(87歳)から電話が掛かる。今年初めまでは週2回施設を訪れ、女性にはマッサージの他、関節や手指の運動、筋トレ等を施していた。忙しい介護職員に代わり、じっくり話を聞く役目も負っていた。
ところが、面会制限が掛かって以降、9カ月間は全く会えず、掛け合っても感染を恐れる施設からはなしのつぶて。女性には、倉嶋さんが突然来なくなった理由が理解出来ず、それが辛いという。
別の介護施設はリハビリマッサージの大切さを理解しており、2カ月で制限が緩和された。それでも、空白期間のうちに女性の患者(82歳)は自分で立つ事が出来なくなり、ぼーっとしているか寝ている時間が増えた。「立てるようになるかしら。また面会禁止になったらどうしよう」。倉嶋さんの耳には女性患者の不安そうな声がずっと残っている。
介護施設はただでさえ人手が足りない。コロナ禍によって辞めたり休んだりする人も多く、職員は一層疲弊している。介護や雑務に追われ、入所者と5分会話するのが難しい施設も珍しくない。
「話す、動かす、鍛えるというのはご本人にとって大変な事ですが、楽しみでもあるんです。人手不足の中、介護には私達外部サービスも含めていろいろな人の協力が必要だと思うのですが」。倉嶋さんは、最後に力を込めた。
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