第三者委報告書は「女性や浪人生を一律に差別」と結論
全国の医学部で相次いで発覚した不正入試事件で、唯一〝逃げ切り〟に成功したかに見えた聖マリアンナ医科大学(神奈川県川崎市)がついに「被告」となった。
同大の元受験生4人が、入試時の差別的扱いで精神的苦痛を受けたとして、慰謝料等1684万円の賠償を求める訴訟を東京地裁に起こしたのだ。
同様の訴訟は東京医科大等でも起こされているが、「差別」を認めていない聖マリ医大に対して賠償責任が認められるかどうか注目される。
聖マリだけは「差別ではない」と否定
一昨年、大きな話題となった大学医学部の不正入試事件。その発端は、文部科学省元局長の息子を不正に合格させたとされる贈収賄事件だった。
捜査の過程で、元局長の息子が入学した東京医科大で、女子受験者や浪人生の点数を操作する等の差別が長年行われてきた事が明らかになったのだ。
文科省は全国の81医学部に調査を求め、東京医科大や昭和大医学部、聖マリ医大等10の医学部で不適切な扱いがあったと認定した。各大学が自主的な調査で不適切な事例があった事を認め、公表したにもかかわらず、聖マリ医大だけは「差別ではない」として否定してきた。
こうした同大の対応を許せないとして提訴に踏み切ったのは、2015年度〜18年度に同大を受験し不合格となった女性4人だ。
全国紙の司法担当記者は「証拠では明らかに不正が認められるのに、それを大学側が認めなかった事に、元受験生達は特に心を痛めているようだ」と語る。
4人(原告側)が〝証拠〟としたのは、同大が設置し、15〜18年度の入試の結果を分析した第三者委員会の調査報告書だ。報告書は「女性や浪人生を一律に差別していた」と結論付けたが、同大はこれを認めていない。
更に、説明を求める文科省に対して「出願書類を個別に評価した結果だ」として、女性や浪人生等の属性によって一律不利にする扱いはなかったと主張したのだ。
不正を認めなかった事により、同大は東京医科大では全額が不交付となった私学助成金を、18、19年度とも満額で受け取っている。ちなみにその額は18年度は22億円、19年度は21億円だ。
ここまで頑なに不正を認めない同大に対し、訴えた元受験生達に勝ち目はあるのだろうか。
都内の弁護士は「第三者委の調査報告書は非常によく分析されており、元受験生達の訴えには合理性があると思う。大学側がこれまでと変わらない主張をする時、大学側の言い分を裁判所がどう判断するかにかかっている」と解説する。
刑事裁判のように有罪か無罪かを明らかにする裁判ではないが、調査報告書を読む限り、大学側に一定の責任が認められる可能性は高い。
訴状によると、同大では1次試験(英語、数学、理科の学科試験で計400点)の合格者が2次試験に進む。2次試験は小論文、面接(各100点)と適性検査が行われ、1次と2次の成績に「出願書類」の内容を総合して合格者を決定する事になっていた。
しかし、第三者委の報告書では、この「出願書類」(志願票と調査書)で得点調整を行っていたと指摘されている。
年度によっても異なるが、18年度(配点は180点)では現役男子は164点なのに対し、現役女子は84点と、男女の違いによって80点もの差が付いていた。
1浪同士で見ると、男子は144点、女子は64点、2浪では男子が104点、女子が24点といった具合に、男女の差はいずれも80点のまま縮まらない。
また、同大のパソコンに保存されていた16年度入試の資料からは、「男性調整点」として「19・0」の数字も見つかっている。16年度の男女の点数差の「19点」と一致し、明らかに性別による差別が行われていたと考えざるを得ない。
だが、第三者委の調査でここまで詳細な分析を突き付けられておきながら、同大はこの差は「出願書類を個別に評価した」結果であり、性別や浪人生といった属性による一律機械的な評価は行っていないとの主張を繰り返している。
募集要項には出願書類を評価の対象とする事も書いており、違法ではないという認識だ。「この主張には文科省も呆れており、統計の専門家に〝偶然〟でこうした差が生じる可能性があるのかを改めて確認したほどだ。結果はもちろん、その可能性は極めて低いというもので、文科省としては同大入試で不適切な取り扱いがあったと判断している」(全国紙記者)。
極めて旗色が悪そうな聖マリ医大だが、「実は同大は2次試験に進んで不合格となった元受験生に対して、受験料に相当する金額を返還する対応を行っている」(文科省関係者)と言う。
それでも元受験生が提訴したのは、「差別があった事を大学に認めてほしい」からだ。そのためにも、同大に得点調整がなかった場合の点数や合格最低点等の情報を開示するよう求めていくという。
東京医科大判決では返還義務判決
一方、東京医科大の不正入試を巡っても動きがあった。NPO法人「消費者機構」が代表して原告となり、元受験生らに受験料を返還するよう求めた裁判の参加人数が11月6日に確定したのだ。
司法担当記者によると、この裁判では既に「女子や浪人生が不利になる違法な得点操作が行われた」として、大学側に受験料等(4万〜6万円)の返還義務があるという判決が確定している。次の段階として「救済対象」を定める手続きが必要になる。
受験者の名簿は廃棄されていたため、機構は返還を求める手続きに参加する元受験生を募っていたが、これが563人となったのだ。これにより、大学側が返還すべき金額は6590万円となる。「機構は17年度、18年度の入試で不合格となった女子や浪人生を約5200人と見積もっていたが、その1割と想定より少ない数字だ」とこの記者は驚く。
機構とは別に、慰謝料を求める集団訴訟は東京医科大、順天堂大に対して既に起こされており、聖マリ医大が3例目となる。
前出の弁護士は「責任や謝罪を慰謝料等として金額で請求するのが民事裁判だから、聖マリ医大の損害賠償請求訴訟では、同大が差別を認めなかった事で、更なる苦痛を受けたとして請求額が増えるだろう」と解説する。
土俵際まで追い詰められた聖マリ医大が、裁判の中で主張を変える事はあるのか、それとも判決に委ねるしかないのか。「前出の2大学と異なり聖マリ医大は不正を認めていないわけで、裁判所の判断が特に注目される」と司法担当記者。
もっとも判決で「不正」が認められたとしても、失った時間は返ってこない。
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