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東京女子医大「医師書類送検」でメディアが報ずべき事

東京女子医大「医師書類送検」でメディアが報ずべき事
術前説明があっても医療現場と患者側の認識に〝乖離〟

東京女子医科大学病院(東京都新宿区)で2014年2月、手術後に鎮静剤を投与された2歳男児が死亡した事案で、警視庁が麻酔科医ら6人を業務上過失致死容疑で書類送検した。新聞やテレビは男児の両親らに話を聞き、こぞって大きく報じた。

 事件から6年8カ月。なぜ今になって6人は書類送検され、メディアは大騒ぎしているのだろうか。

 事故は、14年2月18日に行われた手術をきっかけに起きた。この日、東京女子医大病院で首のリンパ管腫の手術を受けた2歳男児が、集中治療室(ICU)で経過観察中の21日夜、容体が急変し死亡したのだ。

 全国紙の社会部記者によると、手術自体は7分で終了。「その後、患者はICUで人工呼吸器を装着され、呼吸器が外れるのを防ぐために鎮静剤『プロポフォール』が投与された。しかし、21日午後2時過ぎに容体が急変して心停止となり、蘇生を行ったが午後7時59分に死亡が確認された」という。

 男児の両親は同年5月に警視庁に被害届を提出。警視庁は業務上過失致死容疑で病院を捜索する等の捜査をしてきた。

 「最初に注目されたのは、プロポフォールだった。添付文書等で人工呼吸中の小児への投与が『禁忌』とされていた事から、病院側がこれを守らなかった事が責められた」(同記者)

 米歌手のマイケル・ジャクソンさんがこの薬を投与されて死亡した事等から「危険な薬」という認識が先行した格好だ。

 同病院は、今回の事案が起きる前の13年までの5年間に、ICUで人工呼吸中の15歳未満の小児63人にプロポフォールを使用、11人が死亡したと発表した。

 このうち5人については「投与が影響した可能性を否定出来ない」と結論付けた。

 こうした事を受け、厚生労働省は15年6月、東京女子医大に対し、高度医療を行う「特定機能病院」の承認を取り消す処分を行った。

 しかし、プロポフォールは「使い勝手の良い鎮静剤」として現場で広く使われており、小児にも投与されていた。どの薬を使うかには、医師の裁量権が認められている。

「薬の投与」でなく「使用方法」に問題

 大学側の調査委員会も今回の死亡事案を「プロポフォールを大量に長時間投与した事が死亡に繋がった」として、「薬の投与」そのものでなく、使用方法に問題があった、と結論付けた。

 警視庁も今回、男児にプロポフォールを投与した事を問題視したわけではない。「警視庁は、投与中に心電図の異常等の異変が見られたが、70時間にわたって投与を続け適切な対応をしなかった事が死亡に繋がったとみて書類送検に踏み切った」と社会部記者は説明する。

 事案の発生から書類送検までにこれほど時間がかかったのは、「投与と死亡との因果関係」について、「業務上過失致死」が問えるかどうかを慎重に検討していたからだという。

 更に、「責任を問う範囲の認定にも時間がかかった」と同記者は語る。

 今回、書類送検されたのは、ICUの実質的な責任者(中央ICU副運営本部長)だった元准教授と、ICUで男児の管理を担っていた麻酔科医5人の計6人。手術の執刀医や主治医は立件が見送られた。

 では、6人は今後、どうなるのだろうか。刑事裁判に詳しい都内の弁護士は、「警察は捜査をしたら、必ず検察庁に証拠物等を送致しないといけない。逮捕せずに書類のみを検察に送る事をマスコミの用語で『書類送検』と言う。書類送検されたからといって有罪が確定したわけではなく、検察が改めて捜査をし、裁判所に起訴するかどうかを判断する」と解説する。

 仮に起訴されたとしても、裁判所が無罪の判決を出せば罪には問われない。また、不起訴となれば刑事手続きとしてはそこで終了となり、6人が罪に問われる事はない。

 だが、前出の記者は「今回、警視庁は6人全員の起訴を求める意見を付けた。捜査の過程で検察とも念入りにやり取りを重ねてきたはずで、起訴される可能性は高い」と話す。業務上過失致死罪の法定刑は5年以下の懲役、禁錮、または100万円以下の罰金だ。

 元気だった2歳男児が手術後に死亡するという不幸な事案は、確かに胸が痛む。

 ただ、今回の書類送検をメディアが大々的に報じたのはなぜなのか。医療報道を研究する研究者は「1つには、東京女子医大病院というネームバリューがある病院で起きた事が挙げられる」と話す。

 同病院では01年にも心臓手術中の患者の死亡で、警視庁が捜査に乗り出した事がある。業務上過失致死罪に問われた医師は裁判で無罪になったが、「またあの東京女子医大で」という印象が大きかった事が理由の1つと考えられる。

「簡単な手術」が死に繋がった真相は

 死亡したのが「2歳男児」だった事も大きい。

 全国紙記者によると、新聞やテレビのニュースでは、高齢者より子どもの方が大きく取り上げられがちだという。「意外性によってニュース価値が高まる。高齢者よりも子どもの死亡の方が意外で、遺族の悲しみも深く、ニュースの素材になりやすい。今回は男児の両親がたびたびメディアの取材に応じ、悲しみや憤りを伝えていた事で報じる〝材料〟が増え、ニュースの大きさに繋がった」と同記者は語る。

 ただ、こうした報道に医療者の不審は募る。

 「東京女子医大の01年の事故や福島県立大野病院事件等、2000年代に医師の刑事責任が追及される事案が相次いだ。あの時の医療バッシングを思い出してしまった」と都内の産科医。「今回の書類送検を医療事故調査制度に繋げ、医療事故の届け出が少ないと糾弾するメディアもあった。だが、制度と今回の事案は別物だ」と関東地方の内科医も懸念する。

 報道を見ると、両親が問いたかったのは「簡単な手術」という事前の説明と死亡という結果のあまりに大きな乖離だ。真相が知りたいと警察に被害届を出し、主治医らを相手取って民事訴訟も起こしたが、納得のいく説明が得られていないと両親は訴える。

 「医師が起訴され刑事裁判となれば、ICUでの管理の状態や6人の役割は分かるかもしれない。だが、両親が求めている『真相』にはたどり着けないのではないか」と医療裁判に詳しい弁護士は危惧する。

 その上でメディアにこう注文を付けた。

 「個別の事案について発言する立場にないが、そもそも医療行為には必ずリスクが伴うという認識が、医療者と患者側で異なる事が多々ある。今回の事案からメディアが大きく報じるべきは、術前の病院の説明が患者にどう受け取られたかという、医療現場と患者側の認識の乖離の方ではないか」

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