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未来の会

「岸防衛相」に込められた米中へのメッセージ

「岸防衛相」に込められた米中へのメッセージ
新政権の政治資産を外交・安保に注ぎ込めるか

報道各社の世論調査で6〜7割台の高支持率でスタートした菅義偉内閣。国民世論の後押しという「政治資産」をどう生かすかが菅政権の帰趨を決める。

 長期政権を築くには、国民に不人気の政策でも一時的な支持率低下を覚悟の上で実現させ、それを政権基盤の安定に繋げる戦略性が必要になる。小泉純一郎元首相は国内向けには「自民党をぶっ壊す」と言って道路公団等特殊法人改革を打ち上げる一方、外交・安全保障政策では日米同盟の強化を図り、有事法制の整備や自衛隊のイラク派遣を進めた。後者は内閣支持率の引き下げ要因となったが、前者が支持率の下支えとなり、5年半の長期政権によって郵政民営化の宿願を果たした。

 それに対し、高支持率で船出しながら世論の追い風を生かせず、短期間で沈没した例としては、細川護煕内閣、第1次安倍晋三内閣、鳩山由紀夫内閣等が挙げられよう。

 第2次以降の安倍内閣は経済優先の姿勢で支持率を稼いでは、集団的自衛権の行使容認や特定秘密保護法等の不人気政策にそれを費やす事を繰り返しながら、小泉政権を上回る7年8カ月の最長政権を築く事に成功した。それでも憲法改正の宿願達成に至らなかった原因をどう考えるか。国民からの支持という政治資産を政権の存続には繋げられても、国民的な改憲論議を盛り上げる戦略が欠如していたのだろう。

陸上イージス失策の尻拭い

 菅政権が過去の高支持率政権と異なるのは、小泉政権の郵政民営化や安倍政権の憲法改正のような、政治資産を注ぎ込む政策目標、菅首相の志す国家ビジョンが見えない点だ。

 新型コロナウイルスの感染拡大と経済の急激な落ち込みという国難の渦中で政権を引き継いだ結果とも言えよう。裏返せば、菅首相の実務的な課題処理能力への期待が高支持率に表れたのかもしれない。ただ、コロナも経済も先行きは見通せない。当面の政治資産の目減りを抑えようと、携帯電話料金の引き下げや行政のデジタル化・脱はんこ等で目に見える成果を急いでいるわけだ。

 そこで本稿の本題、外交・安保に入りたい。注目すべきは岸信夫防衛相の起用だ。岸氏は安倍前首相の実弟であるとともに、親台湾派の国会議員として知られる。親中国派を代表する自民党の二階俊博幹事長が菅政権内で存在感を高めている事に対しては米国が警戒を強めている。親台湾派の岸防衛相の起用で中国を牽制し、米中対立の間でバランスを取った絶妙な人事と評された。

 しかし、岸防衛相人事に込められた菅首相の思惑はそれだけではなさそうだ。岸氏は防衛政務官や衆院安全保障委員長の経験があるとはいえ、政官界の評は「外交族」。安保政策に関する知見や手腕より、血筋に期待した側面があるのではないか。

 安倍前首相が退任5日前に発表した談話には「弾道ミサイル等の脅威から、我が国を防衛し得る迎撃能力を確保していく」「抑止力を高め、我が国への弾道ミサイル等による攻撃の可能性を一層低下させていく」「今年末までに、あるべき方策を示し、我が国を取り巻く厳しい安全保障環境に対応していく」とある。正式に閣議決定した「首相談話」ではなかったものの、辞めていく首相が後継の首相を縛る異例の内容だった。

 安倍政権は、核・ミサイル開発を進める北朝鮮の脅威に対抗するためとして、米国製の陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の導入を決定しながら中止に追い込まれた。トランプ米大統領からの圧力を受けた「武器爆買い」と批判された揚げ句の失態だった。

 安倍前首相の談話のポイントは2つ。「我が国を防衛し得る迎撃能力」としてイージス・アショアの代替案、「抑止力」として敵基地攻撃能力の保有の検討を後継政権に求めた点にある。性急に米側と結んだ爆買い契約の尻拭いを押し付けるとともに、持論とも言える敵基地攻撃能力の保有に繋げる事で失策の責任を糊塗する狙いが透ける。

 菅首相はこれを安倍氏の実弟に託したと言えば聞こえがいいが、アショア問題の処理を政権中枢から切り離し、防衛省内で後始末を付けさせようとしているようにみえる。「安倍案件」処理の責任者として、岸信介元首相に連なる血筋は持ってこいだという突き放した判断だろう。

日米の本題は中距離ミサイル

 岸防衛相の就任8日後に発表されたアショア代替案は、陸上用に新規開発されているシステムを海上に転用する本末転倒の内容だった。防衛省は既にアショア2基とレーダーの購入費1787億円の契約を済ませ、196億円を支払った。これを破棄する事になれば多額の違約金を米側から求められる恐れがある。1000億円レベルの損失を防衛省の判断で背負えるわけもなく、海上に転用してでも首脳間の爆買い約束を果たそうとしている構図だ。

 ただし、アショア契約の背後には「第2のロッキード事件」が潜んでいるのではないか、との疑惑も指摘されている。米海軍がイージス艦への導入を決めたレイセオン社製のレーダー「SPY6」ではなく、ロッキード・マーチン社が大陸間弾道ミサイル(ICBM)探知用のレーダーを基に開発中の「SPY7」を選定した経緯が不透明だからだ。アラスカの米空軍基地に設置予定のICBM用レーダーの開発から遅れているのに、それでもSPY7に固執する防衛省の異様さが際立つ。

 安倍政権下でアショア導入の旗振り役を果たした自民党の国防族は菅政権への移行に乗じ、SPY6派に転じた。9月末の国防議連の会合では、新しいイージスシステムを海上に設置するなら、米海軍と連携しやすいSPY6を導入したイージス艦を新造すべきだという至極もっともな意見が大勢を占めた。あからさまな手のひら返しは、第2のロッキード疑惑と距離を置こうとしているのではないかと勘ぐりたくなる。

 SPY6かSPY7か、どちらを選ぶにせよ、防衛省内で実務的に処理しなさい、首相官邸も与党も責任は負いません——。そんな理屈が通るかはともかく、それが岸防衛相人事に込められた思惑であろう。

 敵基地攻撃能力に関連しては、中国の海洋進出を念頭に離島奪還を想定し、航空自衛隊への長射程ミサイル導入が進んでいる。場合によっては北朝鮮のミサイル基地も攻撃出来るとの見解を示す程度でお茶を濁すしかないように思う。

 そもそも日本にとって最大の脅威は中国の核・ミサイルであり、その点では米国の抑止力を頼む他ない。米大統領選の結果がどうであれ、米中対立は今後も続く。米側は在日米軍駐留経費の大幅な負担増だけでなく、中国に対抗する中距離弾道ミサイルの日本配備を求めてくる可能性がある。安倍案件の尻拭いは岸防衛相に任せるとしても、日米同盟の本題については早晩、「実務内閣」としての判断を迫られる。

 政権発足時の政治資産を日本学術会議の任命拒否などに費やしている場合なのだろうか。

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