唐突な安倍晋三首相の辞任表明で火蓋が切られた「ポスト安倍」問題は、総裁選の日程が決まる前に菅義偉・官房長官の後継が決定的となり、アッと言う間に幕を閉じた。新政権での主導権を巡る自民党内の暗闘の結果だが、国民には分かりにくく、「昭和の派閥政治復活」と批判された。
首相の留守居役的な存在である官房長官は国内では有名でも、外交とは縁遠い存在だ。菅首相の海外知名度はゼロに等しい。堅実な反面、地味なのも否めず、「選挙の顔」としても最適とは言えない。当面は安倍体制の継承でいいだろうが、オリジナリティーに乏しい政権は早晩、国民に愛想を尽かされる。米国大統領選を見据えた外交と、本格政権の威厳を備えるための解散・総選挙の2つが、政権運営の肝になりそうだ。
8月28日、安倍辞任表明のニュースが世界を駆け巡った。世界での日本の重要性は日本人が思うほど高くないが、主要国首脳会議(サミット)に連続して出席し、外交好きだった事もあり、「シンゾー・アベ」は知名度が高いからだ。
菅って誰! 中国が興味津々の訳
米欧のメディアの扱いにも増して、後継者に高い関心を示したのは中国だった。政府系の新華社通信から地方メディア、ネット上にも「菅義偉」の文字が躍った。中国の検索エンジン「」では、数日の間に600万件もヒットしたとの情報まである。関心が高かったのは、菅首相が無名だったからだ。「菅って誰だ」という訳だ。こんなエピソードがある。中国人と日本人のリモートでのやり取りだ。
中国人「もしかして、日本で民主党の菅直人政権が復活するのか。それやばいよ、原発事故の人だろ」
日本人「その菅じゃないんだよ。安倍政権のスポークスマンだった人だよ」
中国人「菅の親戚じゃないの?」
日本人「親類じゃないよ。東北地方の農家の出身で、苦労人らしい。タイプで言うと、中国人が好きな田中角栄元首相に近いかも」
中国人「日本人の名前は漢字4文字だろ。3文字だから中国系なのかな」
日本人「渡来人だというのは聞いた事ないな。たぶん、純粋な日本人だよ」
中国人「ふーん。まあ、民主党の菅じゃなければいいや」
日中関係の専門家によると、間違えられた菅直人・元首相は中国では有名らしい。東アジア全域を壊滅させかねない原発事故を起こした首相としてだ。原発事故は民主党政権の責任ではないが、連日報道された原発事故と菅元首相の姿は「悪」のイメージとして、中国人の記憶に強く残っているらしい。
菅元首相にとっては迷惑千万な話だが、日本人の深層心理の中にも「民主党=原発事故」の刷り込みがあり、これが民主党の復活を妨げているとの分析もある。それほどのインパクトがあったのだ。第2次安倍政権の誕生も、こうした深層心理による「自民党バブル」があっての事だった。
実利で動く習近平・国家主席ら政治リーダーは別として、菅首相の姓は中国人には好感されないようだ。そうなると、菅首相誕生に先鞭を着けたのが、親中派のボスである二階俊博・幹事長だったのは、どこか因縁めいた感じもする。安倍首相と二階幹事長は馬が合うとは言えない関係だった。
二階幹事長の半ば強引なプロポーズで始まった菅・二階関係は、首相就任を節目に進展しそうだが、「安倍政治の継承」を宣言した菅首相に対し、中国側は「来年9月までの暫定政権」との見方を消していない。
世界の関心が集まる11月の米国大統領選の行方は混沌としている。世論調査では民主党のバイデン元副大統領が優位と伝えられるが、米国の世論調査は前回の大統領選でことごとく逆の結果を出しており、外交筋は疑心暗鬼だ。
日本のゲームメーカー任天堂の「あつまれ どうぶつの森」を活用する等、新手の選挙手法を繰り出すバイデン元副大統領に勢いがある事は確かだが、「五分五分」との見方が強い。
総理・総裁はオールマイティー
トランプ大統領再選の際は、安倍元首相のサポートも期待出来るが、バイデン大統領誕生の際には未経験の首脳外交でその真価が問われる事になる。「暫定政権と見られれば、軽くあしらわれる。それは国益に反する。本格政権の威厳を持たないといけない」。菅首相に近い閣僚経験者はそう言って、早期の解散・総選挙を匂わせた。
「第1次政権の時とは異なり、安倍首相の辞任に対する国民の反応は穏やかで、長年の苦労をねぎらう声が多かった。菅首相の歓迎ムードも上々だ。野党は合流新党でもたついているし、株価も回復した。条件は整っている」
「弔い合戦」と「ご祝儀相場」の両方の要素があり、外的環境にも恵まれた千載一遇のチャンスだと言うのだ。
ただし、自民党内の思惑は必ずしもそうではない。細田派関係者は「菅首相は安倍さんの残り任期しか担えない」と指摘。竹下派関係者も「1年限定という事で皆が支持した」と話す。「暫定政権であり、本格政権の足がかりになる衆院解散等あり得ない」というのが腹の内だ。「解散させない」とオンブお化けのようにのしかかる支持勢力を尻目に菅首相周辺はさらっと言い放った。
「〝安倍政治の継承〟には安倍首相の解散戦略も含まれる。安倍政治の最大の成果は、国政選挙に勝ち続けた事だ。勝てる選挙をやるのは当たり前。衆院解散は首相の専権事項。誰も文句を言えない」
菅首相は衆院解散・総選挙の可能性について、コロナの終焉が1つの条件になるだろうとの考えを示している。素直に解釈すれば、年内の総選挙は難しそうだが、隣国の韓国ではコロナの最中に総選挙が実施され、現政権が大勝している。「勝てる」と判断すれば、いつでも総選挙に踏み切ると見た方が良さそうだ。
「総裁選の党員投票を見送った事で、密室政治と批判されているが、それなら、国民にも分かりやすく総選挙で信を問おうという論理だって成り立つ。臨時国会は10月に開かざるを得ないし、秋解散も来年の通常国会冒頭解散も可能だ。皆、肝心な事を忘れている。総理・総裁はオールマイティーなんだ。解散理由は後から付いてくる」。菅首相周辺には、そんな不穏な空気が漂っている。
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