辺野古、IR……日米同盟の「汚れ役」が表舞台に
安倍路線の継承を掲げた菅義偉首相の誕生を受け、歓迎ムードの経済界とは裏腹に、知米派の外交・安全保障専門家筋の顔色はさえない。
菅氏に目立った外交実績がないからではない。誰が首相になっても日米同盟を基軸とする日本外交の大方針は変わりようがない。問題は同盟の実質であり、それを左右するのは外交・防衛当局間の日頃の意思疎通と信頼関係の積み重ねだ。
菅氏は7年8カ月に及んだ官房長官時代、米軍普天間飛行場の辺野古移設を強引に進める等、同盟の維持に必要な国内対策の「汚れ役」を担ってきた。それが日米間の信頼醸成に寄与してきたのは確かだが、①辺野古②馬毛島③イージス・アショア④IR——の4点セットに象徴される負の側面も無視出来ない。
安倍晋三前首相が外交・安保政策において残した最大のレガシー(政治遺産)は集団的自衛権の行使を可能とした事だ。国会で議論された2014〜15年当時、世論は賛否で分断されたが、安倍政権が野党の反対を押し切って成立させた安保関連法や特定秘密保護法は自衛隊と米軍の運用一体化・情報共有を進める大きなステップとなった。
この時の世論の分断は「親安倍」「反安倍」の根深い対立構図を生んで現在に至る。反安倍側に自らを追い込んだ旧民主党勢力は外交・安保政策における当事者性を失い、政権奪還の道筋を示せないまま離合集散を繰り返す事になる。
再び合流新党を結成するに当たり、立憲民主党の枝野幸男代表は「集団的自衛権の一部行使容認は憲法改正を要する事なく、従来の憲法解釈でいくらでも説明出来るのに、やったふりをするために、必要のない憲法解釈をしたと思っている」と述べた。集団的自衛権の一部行使容認自体には反対していないとの趣旨であり、反安倍の呪縛から新党を解き放つ重大な路線転換である。
「菅ー和泉ライン」主導の功罪
集団的自衛権の行使容認と並行して安倍政権が取り組んだのが普天間問題であり、この問題をこじらせた旧民主党政権との違いを米国と国内の双方にアピールする狙いも透けていた。そして、辺野古移設を主導したのが当時の「菅官房長官—和泉洋人首相補佐官」のラインだった。
和泉氏は後に厚生労働省幹部との「コネクティングルーム不倫」問題等で批判されたが、国土交通省出身で政策の立案・調整力に優れた和泉氏を菅氏が重用。防衛省だけでは進まなかった辺野古の埋め立て事業に国交省を動員し、沖縄県側の抵抗を力ずくで押さえ付けにかかった。
当初、米側には頼もしく映った事だろう。しかし、沖縄で行われた知事選や国政選挙、更には住民投票でも移設反対派がことごとく勝利を収めていく。外交・安保は国の専権事項だとする強権姿勢が沖縄の民意を敵に回し、米軍への反発も増幅する。海外に安定的に駐留したい米軍にとって地元の敵意に囲まれた環境は好ましいものではない。
都合の悪い情報は隠し、バレた時は問題ないと強弁する。安倍政権の悪弊は辺野古の埋め立て予定海域に広大な軟弱地盤が見つかっても変わらなかった。県側との対立が深まっても「辺野古の埋め立ては進んでいる」と米側に説明出来ればいいとい
う事なのかもしれない。だが、肝心の米側も移設実現の可能性を疑い始めている。その点では旧民主党政権時の状況に逆戻りしつつある。
鹿児島県沖の無人島「馬毛島」(西之表市)の買収と陸上配備型ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」の配備計画も菅—和泉ラインが関与した案件とされている。いずれも日米同盟の強化に資する一方で、カネにまつわる不透明な政府対応が批判を浴びている。
馬毛島は米空母艦載機の陸上空母離着陸訓練(FCLP)の移転先として防衛省が買収を進めている。問題は約160億円に上る買収金額だ。防衛省が当初提示した45億円の3倍以上に膨らんだ。イージス・アショアを巡っては、秋田県と山口県の陸上自衛隊演習場への配備計画が頓挫する過程で、米ロッキード・マーチン社製のレーダー機種選定に疑惑の目が向けられた。
日米同盟は日本の安全保障に欠かせないものだが、米軍の駐留を受け入れる基地関連の負担や、米側から調達する高額な防衛装備の負担という負の側面を適切にマネージする必要がある。その汚れ役を買って出る菅氏の実行力・調整力を評価する声も聞く。ただ、辺野古も馬毛島もイージス・アショアも米側の印象は必ずしも良くないのではないかとの不安が知米派の表情を曇らせる。
「親中派」打ち消すメッセージを
安倍前首相の打ち上げた「自由で開かれたインド太平洋」構想は今や米国が軍事的・経済的に中国包囲網を形成するための基本戦略となっている。外交において重要なのは明確なビジョンと、それを国際社会に訴えるメッセージ性だ。安倍政権が環太平洋パートナーシップ協定(TPP)や欧州連合(EU)等との経済連携協定(EPA)を推し進めた事も日本外交の多国間主義に対する信頼と評価を高めてきた。
そうした華やかな安倍外交の舞台裏で菅—和泉ラインが日本維新の会と連携して進めてきたのが、カジノを含む統合型リゾート(IR)だ。その背景にはアベノミクスの行き詰まりがあり、成長戦略の欠如を海外市場と観光インバウンドで補おうとした結果である。
だが、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大がこれを直撃した。海外からの観光客が途絶え、菅氏の地元・横浜市への進出に意欲を示していた米国の大手カジノ事業者も撤退を表明した。
経済振興をカジノに頼る発想自体への倫理的反発も根強い。IR担当の内閣府副大臣だった衆院議員の汚職事件もIRの旗色を悪くしている。しかも、その逮捕容疑は中国企業からの収賄であり、その議員が自民党二階派所属だった事も菅外交に微妙な影を落としている。
二階派を率いる二階俊博・自民党幹事長と言えば米側が「親中派」とみなして警戒する人物だ。その二階氏が総裁選で菅氏擁立を主導し、菅政権の立役者として幹事長に留任した。菅氏本人に中国との接点は薄いようだが、菅氏が進めたIRで中国企業の暗躍が表面化した事実に加え菅政権で二階氏が影響力を強めれば、米側の警戒感も高まりそうだ。
安倍前首相も政権終盤は習近平・中国国家主席の国賓来日を進めようとして、首相補佐官兼首相秘書官だった今井尚哉氏らが米側の不審を買った。同様に「安倍—今井」ラインで取り組んだロシアとの平和条約交渉も、ロシアとの対立を深める米側の警戒案件となっていた。
どちらも安倍外交のレガシー作りという側面が強かっただけに、首相交代を機にリセットすればよい。その上で、改めて菅外交の明確なメッセージを世界に向けて発信出来るかが重要となる。
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