SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

新型コロナ対応で続く官邸と厚労省の「対立」

新型コロナ対応で続く官邸と厚労省の「対立」
厚労官僚が政府方針を公然と批判する状況に

新型コロナウイルス感染症の対応を巡り、官邸と厚生労働省の「対立」が続いている。未知のウイルスは国内に蔓延し、政府を挙げた対応が求められ、対応次第では政権の「命取り」にもなりかねない。しかし、官邸中枢に厚労行政に通じた安倍晋三首相の側近はおらず、的外れな指示も多い。こうした指示に厚労省も振り回され、「官邸の指示は思い付きも多く、いい加減にしてほしい」(厚労省幹部)という声も漏れる。

 コロナ対応を巡って、官邸と厚労省の食い違いが先鋭化したのは、PCR検査態勢を巡ってだ。新聞やテレビ等で、発熱等の症状があったにもかかわらず、「PCR検査を受けられない」といった訴えが相次いだからだ。高まる政府への批判に危機感を覚えた官邸側は、厚労省幹部を呼び、検査態勢の拡充を促した。

 しかし、厚労省はPCR検査だけでは十分でない事を説明した。特に、実際は陽性なのに陰性とされる「偽陰性」が出る確率が3割程度もある他、その逆の「擬陽性」の可能性もある——。医療現場を知る医系技官は、こうした説明を繰り返し、PCR検査のみに着目した対応の危険さを訴えたのだった。

 更に、抗ウイルス薬「アビガン」の早期承認も求めた。有効な治療方法が見出だせない中、国民を安心させる重要な要素は治療薬の発見だ。アビガンは新型インフルエンザの治療薬として富士フイルム富山化学が開発し、同社の持ち株会社の富士フイルムホールディングスの古森重隆・会長兼CEO(最高経営責任者)は安倍首相と昵懇の仲でもある。官邸側は、医療現場で「効果」があったとする声を聞くと、厚労省に早期承認を指示した。

 これに再び抵抗したのは、厚労省の薬系技官達だ。アビガンは若い人が服用すると催奇形性が副作用として報告されている。サリドマイドやエイズ、C型肝炎等、これまで多くの薬害を引き起こしてきた経験から慎重な対応を求めた。

 安倍首相は5月中の承認を目指すと公言したが、「承認に政治家が介入するのは異例の事だ」(ある薬系技官)として、通常通りの手続きを踏んだ。5月中の中間解析も、7月に出した最終報告についても、藤田医大の特定臨床研究結果は有効性について統計的な有意差を確認出来なかった。「アビガンの承認は当面ない」。当時、こう公言する薬系技官もいたほどだ。

 こうした厚労省の対応に、官邸側のいらだちは相当なものだった。安倍首相も不快感を示し、政府高官の1人は「医系技官も薬系技官も何をやっているんだ」と報道陣の前で怒りを露わにした事もあった。

メディアは医系技官叩きに乗せられる

 「実力行使」に出たのが、安倍首相一の側近と言われる今井尚哉・首相補佐官兼首相秘書官だ。旧知のメディア関係者に電話し、一方的に官邸側の主張を繰り返し、「コロナ対応がうまくいかないのは厚労省、医系技官、薬系技官のせいだ」とまくし立て、「厚労省悪者説」を流布した。こうした記者達が厚労行政の仕組みに疎いのをいい事に、政権に近いメディア関係者が中心となって、今井補佐官の言葉を鵜呑みにした「医系技官叩き」の記事が量産され、世に出回った。

 こうした“神経戦”は厚労省側にも伝わり、ある医系技官の幹部は「どうしてここまで叩かれなければいけないのだろう」とぼやいていた。一方、別の医系技官の幹部は「官邸の言う事は聞きたくない。もう厚労省には居たくない」と堂々と批判する意見も出ていた。こうした声は省内にも広がり、ある政務三役の1人は「PCR検査もアビガンも官邸は無茶な意見を押し通そうとしていた」と否定的な反応を示していた。

 対立はこれだけで終わらない。官邸に近いとされる西村康稔・経済再生担当相兼新型コロナ対策担当相が7月下旬、接待を伴う「夜の街」対策の一環として、感染症法や風営法等に基づいて、調査を行う方針を明らかにした。感染症法では、感染症予防のガイドラインを守らずにクラスターを発生させた場合、都道府県知事が店名を公表する事を促す内容だ。

 これに対し、感染症法を所管する厚労省では、担当する職員の1人が「(感染症を広げないための情報公開として)公表する可能性はあるかもしれないが、それとは直接繋がらない話なので、別途規定が必要なのではないか」と疑義を呈する。ある幹部は「立法趣旨は感染拡大防止で、ペナルティ的に使うのは趣旨ではない」と批判的だった。ここまで公然と厚労官僚が政府方針に批判的な立場を取るのも珍しく、一連の対立が尾を引いているとみるのが正しそうだ。

 「対立」「食い違い」はまだまだある。官邸は臨時国会に向けて、新型コロナに関連する法案の改正を検討しており、保健所の機能強化や医療提供体制の強化等が課題に挙がっている。厚労省所管の法案もいくつか俎上に上がっているが、ある政府高官の1人は「厚労省が法改正に前向きではなく、あまり作業が進んでいない」と漏らし、「その理由がよく分からない」とぼやく。膨大過ぎる業務に組織が回っていない事も影響しているだろうが、「厚労省側のサボタージュではないか」(メディア関係者の1人)といううがった見方もある。

厚労省内のガバナンスの問題も浮上

 官邸と厚労省を繋ぐ役割が期待されている加藤勝信・厚労相も、自民党役員人事と同時に実施される見込みの内閣改造を前に、やる気を失っている。周囲には「とてもじゃないけど続投はしたくない。経済とか外交とかやりたいので、俺はやらないよ」と漏らしている。官邸と厚労省の対立がコントロール出来ないところにまで発展してしまった事に加え、西村経済再生担当相に役割を奪われ、主要な出番を失っている事も影響しているとみられる。厚労省の中堅職員は「定例で行っている記者会見での言葉に以前よりも覇気が感じられなくなった」と指摘する。

 ただ、夏の幹部人事で、「医系技官のエース中のエース」(厚労省関係者)だった鈴木康裕・医務技監が退任し、3年に及ぶ長期政権に幕を下ろした。今回の人事は少なからず、官邸側との「しこり」が影響したとみられる。鈴木医務技監が退任した事で、官邸に対する医系技官の力が落ちるのは明白だ。

 厚労省から出向し、外部から見ていたある厚労官僚は「厚労省内で、医系技官と、キャリア官僚の縦割りも問題と言えるだろう」と述べ、省内のガバナンスの問題を指摘する。別の内閣官房関係者からも「医務技監の鈴木氏の問題というより、事務次官の鈴木(俊彦)氏のガバナンスの問題の方が大きいのではないか」と指摘する声もある。

 鈴木医務技監が退任すれば、省内のキャリア官僚も発言権を持ち、台頭する余地が出てくる。そうすれば、今後は官邸と厚労省の対立構図にも影響を及ぼし、少しずつ変化を遂げていくかもしれない。

 

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top