新型コロナウイルスのワクチン開発に強い期待感を示す安倍晋三首相。ワクチン開発は、来年に延期された東京五輪・パラリンピック開催の前提条件とも指摘され、五輪に政権の命運をかける首相の姿勢は前のめりだ。
しかし、幅広い人に接種するワクチンには有効性はもちろん、十分な安全性の審査が欠かせない。スピード重視の首相に厚生労働省内からは戸惑いの声が漏れている。
6月14日夜、安倍首相は桜井よしこ氏がキャスターを務めるインターネット番組に出演し、新型コロナワクチンの開発で先行する米モデルナのワクチンに言及。「すごく早ければ」としつつ、「年末ぐらいには接種出来るようになるかもしれない」と語った。さらに日本でのワクチン確保に向け、モデルナだけでなく英アストラゼネカとも交渉している事を明らかにし、「日本でも製造する事になると思う」と踏み込んだ。
五輪開催を政権のレガシーとする事に躍起の首相は、ワクチンに関する海外支援にも積極的だ。6月には発展途上国でのワクチン普及に取り組む国際団体の会合にビデオメッセージを寄せ、「途上国に迅速に供給出来るよう着実に準備を進めておく必要がある」と訴えた上で、2億㌦を拠出する考えを表明した。既に1億㌦の支出は表明済みで、支援は計3億㌦となる。
世界保健機関(WHO)によると、7月6日時点で臨床試験に入っているワクチン候補は世界中に21種あり、139種は前臨床段階という。国内では、アンジェスと大阪大が最短で7月の臨床試験開始を目指している他、田邊三菱製薬、塩野義製薬、第一三共等が名乗りを上げている。
それでも、早期の接種を意気込む首相と慎重な厚労省の間の温度差は否めず、同省幹部は困惑を隠さない。「総理の思いは分かるが、年末に日本での接種開始なんて無理。国民に期待を抱かせる事にならなければいいけれど」。
モデルナのワクチンは「メッセンジャーRNAワクチン」。細胞に抗原たんぱく質を合成させる事で免疫獲得を狙うものだ。不活性化ウイルスを接種する従来タイプとは違い、世界でも実用例がない。安全性の確認法すら確立されておらず、この幹部は「日本での接種開始は来年の五輪に間に合うかどうか、といったところでは」と漏らす。
首相は新型コロナ治療薬候補の抗ウイルス薬「アビガン」についても「5月中の薬事承認を目指す」と強調していた。にもかかわらず、まだ実現していないのが現状だ。
米国と中国を軸とする国際間の覇権争いも影を落とす。「自国民への接種優先」を意図した囲い込みの動きは激しい。ワクチンを安く広く普及させるため、欧州連合(EU)と日本は開発企業の特許権を制限する趣旨を含んだ決議案をWHOに提案した。採択こそされたものの、米国は反対の姿勢を貫いている。
ワクチン開発はハイリスク・ハイリターンの世界。対応出来る日本の製薬企業は限られている。世界各国が早期開発競争にしのぎを削る中、安全性や有効性の確認が不十分なままのワクチンが量産化される懸念は消えていない。
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