民間病院も含めた「地域医療構想」に影響
新型コロナウイルスの感染拡大は、約440の公立・公的病院の再編・統合をはじめとする厚生労働省の病床再編計画を揺さぶっている。公立病院は感染症病床の6割程度を担っており、新型コロナを度外視した病床削減は地域の理解を得られないためだ。同省は9月としていた各都道府県の検討結果報告期限の先延ばしを余儀なくされた。収束の気配が見えないコロナ禍は、公立病院ばかりでなく、民間病院も含めた国の「地域医療構想」にも影響を与える可能性が出ている。
団塊の世代が75歳以上になる2025年度を見据え、政府は重症者向けでコストの高い急性期病床を減らそうとしている。急性期病床はリハビリを重視した回復期病床へ転換していく、というのが政府の掲げる地域医療構想の骨格だ。全国にある124万6000床(18年時点)の病床を119万1000床に再編する事を目指し、手厚い看護師の配置を要する急性期病床を中心に13万床程度の病床削減を目安としている。ただ、思い描くように進まないため、厚労省は昨年9月、「まずは公立病院から手を付ける」として424(のちに約440に修正)の公立・公的病院を名指しした上で、都道府県に対し9月までに名前を挙げた病院をどうするのか、結論を出すよう検討を迫っていた。
「病床再編はコロナ対策に逆行」
しかし、名指しされた病院を抱える自治体は「個別事情を無視している」「選定基準がおかしい」等と猛反発。膠着状態に陥っていたところへ新型コロナウイルスの感染拡大が生じ、国、地方双方の動きに待ったをかけた。再編対象に挙げられた公立・公的病院の中には、感染症指定医療機関53病院も含まれている。いずれも新型コロナ患者受け入れで中心的役割を担い、医療崩壊の防波堤となっているところも少なくない。
船内でクラスターが発生し、横浜港沖へ長期停泊した大型旅客船「ダイヤモンド・プリンセス号」の乗船者らを受け入れた川崎市立井田病院もその1つ。5月15日の川崎市議会健康福祉委員会で、公立病院の再編・統合計画への対応を問われた市側は「今の状況で、見直せという指示はあり得ない」等と答弁した。感染「第2波」に備え、今後も一定数の専用病床を確保せざるを得ない。そうした中で病床を大幅に削減するのは無理というわけだ。公立病院は新型コロナ患者の受け入れを求められており、答弁には「病床再編方針はコロナ対策に逆行している」との思いがにじんだ。
地域医療構想は一般病床と療養病床が対象で、感染症病床は含まれていない。しかし、感染症指定医療機関の病床数は約2000床にとどまる。今回の新型コロナ「第1波」で感染症病床はコロナ患者でみるみる埋まり、感染者は一般病床になだれ込んだ。東京や石川では一時、危機的な病床不足に陥る寸前までいった。全国的に他の患者の入院・外来を制限する医療機関が続出し、東大病院や日大病院等、診療機能の一時縮小を公表した大病院も相次いだ。
「このままでは、財政状況が良くない大学は7月にも資金ショートを起こします」
5月18日、国立大学協会の永田恭介会長らは首相官邸に安倍晋三首相を訪れ、こう訴えた。
この日官邸に出向いたのは、全国医学部長病院長会議や日本看護協会、国立大学協会等の関係者。全国の大学病院が新型コロナ患者への対応を続けた場合、今年度は前年度に比べて4864億円ほどの減収になるとの試算を引っ提げていた。
コロナの感染患者1人を受け入れると、他の患者用のベッドは10床程度減る計算になるという。コロナ病床を維持しようとすれば、通常の診療を相当程度抑えなければならず、大幅な減収が避けられない。「マイナス4864億円」の根拠について同会議は、専用病床確保に伴う病棟の閉鎖や他の患者の受け入れ制限、感染を恐れた受診抑制やPCR検査費用等を要因に挙げた。訴えに耳を傾けていた首相は、「大学病院を守る事を約束する」と応じたという。
コロナ対策で平時の病床確保は理想論
だが、東京都内の病院経営者は「コロナ対策で、平時に病床を空けておくというのは理想論」と漏らす。病床数だけでなく、ベッドの数に見合った感染症に対応出来る医療スタッフも登録しておかねばならない。いざという時のための人員を余分に抱えておける医療機関は限られる。政府は第2次補正予算に約3兆円の「医療提供体制強化策」を盛り込み、1・6兆円の都道府県向け交付金を用意した。新型コロナの患者だけを受け入れる病棟を所有する病院が、空き病床を確保する等によって生じた収入減を補塡する事等に充てる。重症患者を治療すれば、診療報酬を3倍にする等の緊急策も打ち出した。
とはいえ、コロナ対策を取ればとるほど赤字が膨らむというのが医療機関の現状だ。厚労省は3月4日付の医政局長通知で、3月末を期限としていた病床削減計画の提出について、各都道府県に先送りする事も認めた。コロナ禍によって病院機能が低下している現状では、いったんストップせざるを得ないと判断したようだ。
海外に比べ、日本の病床数は群を抜いて多いのに、集中治療室(ICU)は極端に少ない。軽症患者が医療費のかかる急性期病床に入院する等、病院機能の偏りによる弊害が起きているのは確かだ。採算性一辺倒にはいかない公立病院とて放漫経営が許されるものではなく、病床の再編・統合はコロナ禍後も避けれらない。加藤勝信・厚労相は国会答弁で「地域医療構想の必要性は何も変わっていない」と強調している。
それでも、患者の受診手控えは収まっておらず、東京では「6月に入ってからも戻ってきていないというのが実感」(尾﨑治夫・東京都医師会長)という。影響が長引くのは避けられそうにない。コロナ患者を受け入れた公立病院の9割以上は通常の診療が出来ず減収にあえいでいる。
一方で、設備不足や減収を恐れる等して感染疑い患者の受け入れをためらう医療機関も続出した。感染第2波、今後起こり得る未知のウイルス感染症の拡大を踏まえれば、平時から一定の余裕を持たせた医療提供体制の整備は不可欠となる。
6月27日にあった日本医師会の会長選では、政権に強い態度を示す事を期待された中川俊男氏が、首相に近い現職の横倉義武氏を破った。中川氏は地域医療構想には慎重で、「今回のような新興・再興感染症に対する備えが全くなかった」と指摘している。厚労省幹部は「地域医療構想の全体計画が変わるものではない」とクギを刺しながらも、病床再編について「再検討は必要だろう。ただし人材確保も含め、感染症の拡大に備えるにはコストを要する。その点をどうするかだ」と話す。
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