ウェバー武田の超拡大路線に早くも「綻び」の兆候が
中外製薬9兆円vs武田薬品工業6兆円。時価総額で2月に製薬業界の首位逆転があった両社の差は更に開く一方だ。
前期最終利益で中外が1575億円と大きく伸ばす一方で、武田はわずか442億円。1株利益は中外が288円で、武田の28円の10倍を稼ぐ。いくら武田が6兆円をつぎ込み欧州製薬大手シャイアーを飲み込み、売り上げを3・3兆円に膨らませ世界10強入りしたと強弁しても評価が付いてこないのは当然だ。
規模拡大を急ぐつけ?
世紀の大買収を敢行したクリストフ・ウェバー社長の超拡大路線とその判断の「綻び」を示すいくつかの兆候が、武田に今出始めている。
6月17日、米食品医薬品局(FDA)からウォーニングレター(WL)を受け取った事実を武田はホームページで開示した。FDAは米国向け医薬品を生産する海外工場も査察、製造管理・品質に問題があれば、WLを発し製薬企業に徹底的に改善を要求する。WLでも改善しなければ出荷停止になる。第一三共が買収したインド後発薬企業ランバクシーがかつて、これを食らって、身売りの憂き目にあった事もある。
そのWLを武田が受け取った経緯はこうだ。昨年11月に、FDAは武田の光工場(山口県)に査察に入った。光工場は対米輸出する抗がん剤「リュープリン」、腸疾患薬「エンティビオ」の2品を製造する。ここで指摘された問題点を武田は解決出来ず、今回の事態に至ったのだ。
インド等の新興後発薬企業ならいざ知らず、日本の製薬大手の国内工場がこの措置を食う事例は非常に少ない。光工場ではもちろん初めてだ。ウェバー社長は同月24日の定時株主総会で「迅速に問題を解決する」と株主に答えたが、医薬品製造やこの種の交渉に詳しい人物は「今回はそう簡単ではない」とみる。
光工場は離職者も少なくなく、「外国人を含めて外部からの移籍組と生え抜き組との混成部隊となっていて、連携がうまく取れていない」との声が漏れ伝わる。大型買収や社員の合理化、外資流人事政策を急激にウェバー社長が進める「グローバル企業」武田の経営戦略・組織問題が背後にあるというのだ。
「患者さんの安全に影響はないと考えています。当社は、製品供給が滞らないよう、日々モニターを続けてまいります」と言うが、既にこの生産問題から国内病院向けリュープリンで出荷調整や一部欠品騒動が起きている。
武田が出す再回答や交渉でも問題が解決しないと最終判断すれば、FDAは「出荷停止」を出す。そうなれば、先述した2品合計の米国売り上げ約2600億円(19年度)に響く。こうなればゆゆしき事態だ。
実は昨年9月にも米国で同様の問題が起きている。副甲状腺ホルモン製剤「ナトパラ」にゴム小片が入り込むトラブルが起き、自主回収したのだ。FDAとは未だ交渉中で、今期の米国売り上げを予想に計上出来ない。ナトパラは光工場の生産品ではないが、FDAが武田の生産体制に目を付けている可能性もある。
5月29日には腸疾患治療薬「SHP647」の開発が中止となった。旧シャイアー製品だ。エンティビオと重なるため、欧州独禁法対策として60社以上と売却交渉を進めたが、失敗した。商品力がないという事だ。
旧シャイアー製品ではドライアイ治療薬「ザイドラ」も欧州の承認が認められず、薬を買ったノバルティスが欧州の開発を断念した。既に3600億円の一時金を武田は入手済みだが、最大2000億円を見込む開発・販売マイルストンではこの影響で、今期営業利益を200億円下げる要因になる。コア開発領域ではない眼科薬分野だが、その実力に疑問符が付くのは確かだ。
新型コロナ治療薬で開発を進める、高度免疫グロブリン製剤も7月の治験入りを目指すというが、モデルナ等が進めるワクチン等と比較して競争力はないだろう。
中外は創薬力で勝負
これも旧シャイアーの領域だが、株価は反応しない。市場は懐疑的なのだ。中外の関節リウマチ薬「アクテムラ」が新型コロナ患者の肺炎治療薬で有望視され、中外の株価上昇に一役買っているのと対照的だ。
2002年にスイスの製薬巨人ロシュと戦略提携を結んで以来の中外の飛躍はすさまじい。前期、今期とその勢に翳りは見えない。
提携のメリットは大きい。ロシュの幅広い開発品群を国内販売し安定収益基盤を築きつつ、中外はバイオ抗体等自社創薬に専心出来る。創薬品はロシュが世界で売り尽くし、中外も同時に成長するというわけだ。
「大きなエンジン」と小坂達朗会長兼最高経営責任者が称す、ロシュが持つ資金力・開発力・販売力を利用出来るのは、同業他社にない絶対的強みだ。巨費のかかる後期国際治験、全世界規模の販売も巨人ロシュの後ろ盾あっての事だ。
先述したアクテムラ、抗がん剤「アレセンサ」、血友病治療薬「ヘムライブラ」と売り上げ1000億円クラスの大型創製品3品の相次ぐ上市に成功。3品合計の世界売り上げは約5000億円に達した。
3月30日に就任した奥田修社長も「ロシュの中外への見方はポジティブに変わってきた」と胸を張る。ロシュが十分満足するパートナーに中外はなっている。
中外は今、2030年までの長期ビジョンに「世界トップのイノベータになる」目標を掲げている。
「売り上げ規模ではない」(奥田社長)。海外販売を原則ロシュに委ねる以上、成長はしても規模で世界一が無理な事は自明の話だ。この点は大型買収で規模を追い掛ける武田とは前提条件からして違う。
中外の成長を牽引するのはこれまでも今後も定評のある創製力。この創薬力で世界一を狙いにいくのが、中外の真面目さだ。従来掲げていた日本のトップでなく、世界のトップを目指すと対外的にも明示した点に、中外の野心と成長の証を見て取れる。
輸出や販売ロイヤルティ収入の形で中外の海外販売は前期の海外売り上げは約2400億円となり、売り上げ全体の35%に達した。買収効果なしで海外増収率5割は国内製薬上位組では断トツ。上市3年目のヘムライブラは武田、独バイエル、仏サノフィからシェアを奪い、成長をまだ牽引する。首脳陣からは「海外売り上げが全体の半分になってもおかしくない」という声も出る。
中外の懸念材料は、得意とするバイオ抗体薬が遺伝子治療薬等次の創薬技術の急成長で取って代わられる事だ。しかし、「それはまだ先」というのが大方の見方。それまでに、次世代の抗体技術の深掘りと低分子、高分子(バイオ抗体等)に続く中分子等次の創薬技術開発にもカネと人を投じ、力を注ぐ構えだ。
ロシュの力を最大限利用し、得意の創薬力強化に一心不乱にぶれず邁進する中外。一方で武田は、売上規模拡大を急ぎ、肝心の研究開発力はといえば「200以上ある」と外部提携を強調するのが常套句で、「製薬メーカーというよりも製薬商社だ」という揶揄が出る始末。今後は世界を舞台に移す両社の勝敗がどうなるか、結果は明白ではないだろうか。
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