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未来の会

日本は「ゲノム医療」の先進国に躍り出る

日本は「ゲノム医療」の先進国に躍り出る

〜蓄積される膨大なデータが未来を切り拓く〜

間野 博行(まの・ひろゆき)1959年岡山県生まれ。84年東京大学医学部卒業。同大学医学部附属病院内科研修医。85年自治医科大学附属病院血液内科研修医。86年東京大学医学部第三内科入局。89年米テネシー州St.Jude小児科研究病院生化学部門客員研究員。91年東大医学部第三内科文部教官助手。93年自治医大医学部分子生物学講座講師。95年同助教授。2000年同大ゲノム機能研究部助教授。01年同教授。09年東大大学院医学系研究科ゲノム医学講座特任教授。13年同大大学院医学系研究科生化学・分子生物学講座細胞情報学分野教授。16年国立がん研究センター理事・研究所長。18年同がんゲノム情報管理センター長。日本学士院賞、紫綬褒章等受賞多数。

昨年、がんゲノム医療が皆保険制度の下でスタートした。ここ20年ほど、がん医療は大きく進歩してきたが、ついに新しい時代に入ったと言える。ALK融合遺伝子を発見し、分子標的治療薬でがん医療の新時代を切り拓いてきた間野博行氏は、がんゲノム情報管理センターに集められるデータにより、日本はがんゲノム医療の先進国になれる可能性があると言う。詳しく話を聞いた。

——がん医療がこの20年ほどで大きく変わってきました。簡単に整理していただけますか。

間野 かつてのがん医療は、手術と、殺細胞薬による化学療法と、放射線療法が3本柱でした。2000年頃になると、がんの本質的な原因である遺伝子異常が次々と明らかになり、それを選択的に標的とする治療が現れてきました。分子標的治療薬が登場したわけです。最初に出てきたのは慢性骨髄性白血病に対するグリベックと、乳がんのハーセプチン。その後、肺がんのEGFR阻害薬が出てきて、私が開発に関わったALK阻害薬等も登場してきました。実に様々な分子標的治療薬が次々と出てきたのですが、その多くが患者さんの生存期間を延ばす事に非常に有効だったのです。21世紀になって最初の15年ほどのがん医療は、まさに分子標的治療薬の時代だったと思います。その後、最近の5年間ほどで、新しい免疫療法の治療薬が登場してきました。ノーベル医学生理学賞を受賞された本庶佑先生(京都大学高等研究院副院長・特別教授)らの先駆的な業績により、全く新しい免疫治療薬が開発されたのです。一部の患者さんではありますが、劇的に効く事が明らかにされています。最近のがん医療の進歩というと、この2つが大きな変化だったと思います。

——新しい薬の登場で診断も変わりましたね。

間野 分子標的治療薬にはそれぞれ標的とする分子があるので、患者さんのがんが、その標的分子を持っているかどうかを調べる必要があります。そのためのコンパニオン診断薬が、分子標的治療薬と一緒に登場してきました。殺細胞薬の抗がん剤は、胃がんに使う、肺がんに使うという発生臓器別の使用方法で、せいぜい病理型で区分していたくらいでしたが、分子標的治療薬が登場以降、標的となる原因遺伝子を調べなければ薬の最適化が出来ない時代になってきたわけです。多くの原因遺伝子が発見され、次々と新しい薬が開発される事で、コンパニオン診断薬も次々と作られました。ちょうどそういった時期に、次世代シークエンサーが開発され、DNAの配列を一度に大量に解析出来るようになったのです。これを用いれば、何種類ものコンパニオン診断をやらなくても、既に薬がある原因遺伝子については、いっぺんに調べる事が出来ます。原因遺伝子をまとめて調べ、最適な治療薬を選ぶ時代になってきたのです。

臨床試験の方法が変わった

——20年ほど前にイレッサが登場した当初は、原因遺伝子を調べずに使用していましたね。

間野 分子標的治療薬が出てきたばかりの端境期で、肺腺がん全体を対象に使用していました。そうすると、原因遺伝子であるEGFRに変異のある人には効きますが、ない人には効かず、副作用だけが出てくるという困った事態になったわけです。その後、ALK融合遺伝子が見つかり、それに対するALK阻害薬を開発する際に、原因遺伝子であるALK融合遺伝子を持つ人だけを選んで使用するという流れが出来てきました。原因遺伝子が先にあって、その阻害薬を開発し、遺伝子を持っている人だけに使用する、という現在のゲノム医療の流れはここから始まっていると思います。

——ALK阻害薬のクリゾチニブは臨床試験から承認までが非常に短期間でしたが、遺伝子で対象者を絞り込んだ事がその理由なのですか。

間野 その通りです。当時、ALK阻害薬を開発していたのはファイザーでしたが、私が主張したのは、ALK融合遺伝子を持っていない患者さんに使っても効くわけがないので、そんな無駄はせずに、ALK融合遺伝子を持っている人を選び出して臨床試験を行うべきだ、という事でした。結局、そういうアプローチをしてくれた事で、極めて短期間のうちに素晴らしい治療効果が証明されたわけです。第1相、第2相の臨床試験で6〜7割の奏効率を示したので、アメリカのFDA(食品医薬品局)は、勇敢にも第3相試験を必要とせずにクリゾチニブを承認しました。既存の化学療法とは比較にならないほど高い有効性が示されていたので、ランダム化比較試験を行うのは医療倫理に反すると考えた面もあるのです。それで、基礎的な発見から薬剤の承認までが4年という史上最速のスピード承認となったわけです。この記録はまだ破られていません。

——臨床試験に無駄がなかったのですね。

間野 臨床試験の在り方を変えたと思います。まず皆に使ってみて、それから効く人を選ぶというアプローチから、標的がはっきりしているので、その遺伝子によって臨床試験の対象者を絞り込むというアプローチへの変化です。現在では、それが当たり前になっています。ただ、少ない患者数の臨床試験で承認すると、多くの患者さんに使用していくうちに、それまで見逃されていた副作用が出てくる事があります。そこで、クリゾチニブが承認された時は、アメリカでも日本でも、市販後調査を義務付けていました。それも現在では広く行われるようになっています。

洗練されたがんの薬物療法を目指す

——先生は血液内科が専門だったのですね。

間野 私が医者になったのは数十年前ですが、最初に担当した患者さんの1人が白血病の患者さんでした。薬が効きにくい予後の悪いタイプの白血病で、大量の抗がん剤による化学療法を行ったのですが、残念ながらその方は亡くなりました。最後は意識もなくなって、多臓器不全で死亡したのですが、死後に解剖が行われました。そうしたところ、白血病によって死亡したのではなく、真菌症が原因だった事が分かったのです。

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