SHUCHU PUBLISHING

病院経営者のための会員制情報紙/集中出版株式会社

未来の会

コロナ対策「規制緩和」を巡り官邸VS厚労省の構図

コロナ対策「規制緩和」を巡り官邸VS厚労省の構図
収束に前のめりの官邸、専門性を盾にする厚労省

新型コロナウイルス感染拡大の先行きが見えない中、「厚生労働省が壁となって対策が進まない」と批判される場面が目立つ。非常事態下で危機管理を主導する首相官邸にとり、専門性を盾に規制緩和に異を唱える厚労省は目障りな存在に映る。事実、同省が不作為を重ね、対策が後手に回った事は数多い。ただ、感染収束に前のめりの官邸が「医の安全」を軽視し過ぎれば、手痛いしっぺ返しを食う事になりかねない。

 4月22日。東京都江戸川区にドライブスルー方式の新型コロナウイルス検査センターが開設された。デモンストレーションでは、運転席の男性がマスクをずらして鼻を出すと、検査員が綿棒で鼻からPCR検査用の検体を採取した。車から降りなくてもよいドライブスルーなら医療機関の建物内より感染リスクが低いとされる上、多くの検査を効率良くこなす事が出来る。

 厚労省が自治体に対し、「ドライブスルー方式」を認める事務連絡を出したのは、その1週間前の15日。国内で感染が確認されてから既に3カ月弱が経過していた。ドライブスルー方式は米国や韓国でお馴染みの手法だが、厚労省は一貫して導入に慎重だった。感染者の行動から接触者を割り出し、感染経路を明らかにする事を重視していたのに加え、検査を受けた軽症患者が病院に集中して医療崩壊が起きるのを警戒していた事が理由だ。

 そもそも厚労省はPCR検査の拡充自体にも二の足を踏み、37・5度以上の熱が4日以上続く等の場合に限り検査をしてきた。

 ところが、この手法は軽症者の潜在化を招いた。自覚のない感染者が次々人と接触して感染が広がり、経路の特定は一層困難になってしまった。

 「どうして一向に増えないんだ」。4月に入ってもPCR検査数がなかなか増えない事に、安倍晋三首相は加藤勝信・厚労相らに苛立ちをぶつけ、6日には「検査能力を1日2万件に倍増させる」と表明した。

 しかし、4月末時点でもなお、検査件数は1日8000件程度にとどまる。尻をたたかれた厚労省はようやく、既に名古屋市や新潟市が独自に実施し始めていたドライブスルー方式を追認し、感染の履歴を血液で判定出来る抗体検査も実施する事にした。

 また、自宅療養をしていた軽症患者の死亡で急遽、23日には「軽症者の療養は宿泊施設が基本」と打ち出した。いずれも後手後手の感は否めない。

政策にエビデンス重視の医系技官

 「安倍1強」の政官界で、なぜ厚労省が官邸の方針に異を唱えられるのか。それは同省の感染症対策は、医師免許を持つ「医系技官」が中心となって立案されているためだ。法律・経済系の官僚と違って政治からの独立性が強く、政策を立てる際にはエビデンスを重視する。だが、官邸からすれば「国家の危機を迎えている時に、平時の理屈を繰り出す政策音痴」(首相周辺)の存在となる。

 「観察研究の仕組みの下、希望する患者の皆さんへの使用を出来る限り拡大していく」

 安倍首相は4月7日の記者会見で、富士フイルム富山化学(東京)の抗インフルエンザ薬「アビガン」を新型コロナウイルス治療薬として普及させる考えを強調した。アビガンは中国で一定の評価をされている。日本感染症学会は4月6日、投与によって速やかに症状改善がみられた症例を報告した。確かに「特効薬」に化ける可能性はある。

 政府は緊急経済対策に「アビガン200万人の分備蓄に向けた増産支援」を盛り込み、2020年度補正予算案には139億円を計上した。富士フイルムは3月31日から治験に着手し、4月15日には増産を開始したことを明らかにした。生産能力を7月に今の約2・5倍に相当する月産10万人分へ、9月には約7倍の30万人分に拡充するという。

 アビガンは、かつて「T−705」という開発コード名で呼ばれていた。04年頃に流行した鳥インフルエンザへの効果が高いとして、「タミフル」の代替薬としての期待が寄せられていた。だが、動物実験で胎児に奇形が生じる副作用が確認され、期待は急激に萎んだ。その後、新型インフルエンザの蔓延を受け、厚労省は14年に製造販売を承認はしたものの、新型インフルエンザウイルスが蔓延した場合の予備薬とされ、使われる事はなかった。

 こうした事情から、厚労省は新型コロナ治療薬としてのアビガンの早期承認には消極的だった。官邸側が治験プロセスの開始を迫っていたのに対し、医系技官のトップ、鈴木康裕医務技監は「副作用がある薬ですよ」と食い下がった。それでも首相は耳を貸さず、3月16日にテレビ会議方式で開かれた主要7カ国(G7)の首脳会合で「何よりも治療薬が重要です」とアビガンの承認を念頭に置いた発言をし、その後、アビガンの海外供与も打ち出した。

 ただ、政権内部でアビガンの安全性に関する専門家の議論はないままだ。妊婦のサリドマイド服用による奇形児や死産の増加、薬害エイズ事件など厚労省には旧厚生省時代から幾度となく薬害批判を受けている。厚労省内には「単発的な効果は見られても、広く普及した後の副作用はどう出てくるか分からない」(幹部)といった慎重論が根強くある。

 一方、「日本の企業による特効薬開発」に期待を繋ぐ経済産業省は、官邸の意を受けて省内にアビガンチームを発足させ、普及拡大に向けて動き出している。

政治主導でコロナ制したい安倍首相

 官邸VS厚労省の構図は、オンライン診療解禁の有無でも展開された。政府の規制改革推進会議は3月から「受診歴のない患者も可能に」と訴え、「初診は対面が大原則」とする医系技官と衝突した。とはいえ、医療機関での感染リスクは避けられない。厚労省は徐々に押され、最終的には「誰でもどんな疾患でもOK」の全面解禁に追い込まれた。

 感染力の強い新型コロナ禍の中での全面解禁には、医療関係者の間でも理解を示す声が多い。しかし一方で、「画面越しで触診なしに症状を把握出来るのか」といった不安を訴える開業医はたくさんいる。今回の解禁は「新型コロナの感染が収まるまで」という条件付きだが、規制緩和派の中には恒久化を目指す動きもある。

 安倍官邸は、撤回に追い込まれた30万円の限定給付、回収騒ぎのアベノマスク、星野源さんとのコラボ動画の「悪評3点セット」という逆風にさらされている。ここへきて内閣支持率も下落気味だ。自民党の閣僚経験者は「首相は新型コロナを政治主導で制したいのだろう」と見つつ、「それでも命に関わる話に焦り過ぎは禁物だ」と忠告している。

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top