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未来の会

第一人者が語る「再生医療」の現在地と未来

第一人者が語る「再生医療」の現在地と未来
ノーベル賞の山中伸弥氏や網膜細胞移植の髙橋政代氏が登壇

日本医療研究開発機構(AMED)は今年2月、「あなたとつくる、再生医療の今とこれから」と題した公開シンポジウムを都内で開き、再生医療をリードする研究者達が登壇、現状と将来展望等を語った。その中から、理化学研究所客員主管研究員の髙橋政代氏、京都大学iPS細胞研究所()所長・教授の山中伸弥氏の講演を紹介する。

 「網膜再生医療のリスクとベネフィット」との演題で講演したのは髙橋氏だ。同氏をリーダーとする理研のチームは2014年、難病の加齢黄斑変性の患者に、本人のiPS細胞(人工多能性幹細胞)から網膜細胞をつくって移植する世界初の手術を行った。2019年夏に医療スタートアップ企業のビジョンケア(神戸市)の社長に就任した事も話題になった。

 「現実の治療をつくるためには、研究だけでなく、ビジネスも考える必要がある。そこで、軸足をビジネスの方に移している」と前置きした上で本題に入った。

リスクとベネフィット、コストのバランス

 

理化学研究所
客員主管研究員
(株)ビジョンケア
代表取締役社長
髙橋 政代氏

 髙橋氏はまず、細胞治療には3つのリスクがあると指摘。「細胞のリスク」と「治療のリスク」、そして「不作為のリスク(治療しない事により疾患が悪くなるリスク)」だ。「細胞はどんどん変化しているので、遺伝子変異にどう対応するかを十分考えておく必要がある。次に、手術や免疫抑制剤等に関わる治療のリスクがある。iPS細胞だけでなく、治療全体としてのリスクを見極めなければならない。もう1つ、見落としがちなのが患者の抱えているリスク。足元の小さなリスクばかりに気をとられていると、前に進む事が出来ない。その間にも、患者さんのリスクは増大している」。

 iPS細胞のリスクとしては、遺伝子変異によるがん化の可能性が強調されてきたが、他のリスクやベネフィットとバランスの取れた議論が求められる。髙橋氏が手掛けた1例目のiPS移植は、5年にわたって繰り返し安全性を証明したという。現在、患者の視力は一定レベルで落ち着いており、以前は必須だった注射治療もやめている状態だ。

 リスクを見極める際に役立つのが「リスクマトリクス」だ。リスクの重大さを縦軸、頻度を横軸にとり、疾患等をマトリクス上にプロットする。その上で、iPS細胞移植の適否を判断する。「1例目の時、がん化のリスクはほとんどゼロにしていた。私達はむしろ、手術による合併症の方を心配していた。治療の全体を視野に入れてリスクを評価すべきで、特定の部分だけをクローズアップするのは問題」。

 「ベネフィットマトリクス」もある。こちらは縦軸に効果の程度、横軸に頻度をとる。例えば、iPS細胞でつくった網膜の色素上皮細胞を移植して視力が上がったという論文がある。それはチャンピオンデータだけを集めて書かれた論文だったという。

 「患者によって効果はバラバラ。一部にすぎない効いた症例の宣伝に惑わされないよう、医療関係者と患者、双方が注意しなければならない」

 以上は網膜色素上皮の例だが、現在、髙橋氏は視細胞を対象とする研究も行っている。網膜色素変性は、光を受け取る視細胞が変性する疾患。iPS細胞から視細胞をつくり、移植する治療を申請中だ。

 新しい治療法を普及させるためには、リスクとベネフィット、コストのバランスが重要だ。再生医療においてバランスのとれた治療を実現するため、髙橋氏は「本当に効く患者」をどのように選ぶかという研究も進めていく考えだ。

iPS細胞で再生医療と薬の開発を進める
京都大学
iPS細胞研究所
所長・教授
山中 伸弥氏

 山中氏の講演テーマは「iPS細胞 進捗と今後の展望」だ。山中氏は父親の話から始めた。

 「父が亡くなったのは1988年。C型肝炎だった。翌年、その原因ウイルスが米国で見つかった。世界中の研究者や製薬企業が治療法の開発に取り掛かり、『ハーボニー』という画期的な飲み薬が出来た。今では99.9%の患者からC型肝炎ウイルスがなくなるという夢のような薬」

 これこそ、医学研究者が目指すところだろう。ただし、そこには2つの大きな課題があると山中氏は続ける。「原因が分かったのは1989年だが、治験薬の発売は2014年。四半世紀後だ。長い時間がかかるというのが1つ目の課題。2つ目は価格だ。ハーボニーを使った治療には3カ月ほどかかるが、その間これを飲み続けると数百万円かかる」。

 今では、さらに高額な治療がいくつもある。トータルでは1億円を超える治療法も登場している。山中氏が見据えているのがこれらの課題だ。「かつては、画期的な治療法をつくれば成功と、堂々と言えた。しかし、今やそれだけでは不十分だと思う。画期的な治療法を低価格、適正価格で提供出来て初めて、胸を張って成功だと言えるのではないか」。

 iPS細胞には再生医療と薬の開発という2方向の医療応用がある。

 再生医療については、iPS細胞のコストが大きな課題だ。そこで、CiRAはiPS細胞ストック事業で「他家移植」用のiPS細胞をつくっている。安全性と品質が確認されたiPS細胞を保存し、必要に応じて医療機関や研究機関に提供している。「自家移植」と比べて、コストを抑え時間も大幅に短縮する事が出来る。

 「特殊な免疫型を持っている人が稀にいて、その人の細胞は他の人に移植しても拒絶反応は少ない。ただ、ゼロではない。日本赤十字社の協力を得て、そうした免疫型の人を探し出し、iPS細胞として保存しておけば、医療機関等の求めに応じてすぐに提供する事が出来る」

 世界初のiPS細胞ストック事業は2013年に始まった。「最初の4年くらいはストック細胞をつくるのに精いっぱいだった。その後、人材が育ちノウハウが蓄積して、2年ほど前からはストック細胞づくりに加え、つくったストック細胞の有効活用に向け、企業への橋渡しにも注力している。企業への橋渡しがうまくいかなければ、せっかくいい技術が出来ても途中で頓挫してしまう」と山中氏。

 薬の開発も重要な柱だ。その1つとして山中氏が説明したのが希少疾患向けの治療薬開発だ。「患者の血液細胞からiPS細胞をつくる事で、病気の部分の細胞を再現する事が出来る。実験室で再現出来れば、そこにいろいろな薬を試す事が出来る」。

 例えば、進行性骨化性線維異形成症(FOP)。患者は日本で80人程度、世界でも1000人ほどと言われる。遺伝子の変異により、筋肉の中に骨が出来るという病気だ。CiRAの研究者を含むチームは、患者のiPS細胞から骨のもとになる細胞を作製。同じものを多数用意して、他の臨床で使われている様々な薬を試した。効果が高かったのが、免疫抑制剤のラパマイシン。2017年から、FOP患者を対象に治験がスタートしているという。患者の期待は大きい。

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