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「同一労働同一賃金」で転換期迎える日本的雇用慣行

「同一労働同一賃金」で転換期迎える日本的雇用慣行
「雇用の流動性」が高い社会にする意図が裏に

企業等が正社員と非正規社員の不合理な待遇格差を設ける事を禁じる「同一労働同一賃金」が4月から始まった。まずは大企業からスタートし、準備期間が必要な中小企業は来年4月から適用となる。

 日本型雇用制度といえば、「終身雇用」と「年功序列」だが、早期退職の募集が多くの企業で行われ、同一労働同一賃金で賃金体系も変容しつつある。日本の高度成長期を支えてきた2つの雇用慣行は大きな転換期を迎えている。

 同一労働同一賃金は、残業規制等も同時に記載され、2018年に成立した働き方改革関連法(パートタイム・有期雇用労働法等)に盛り込まれた。「同じような仕事をしているなら同じ待遇・報酬を支払う」という考え方だ。

 具体的には、同じ職場で個々の仕事の内容や遂行能力が同じであれば、正社員間や非正規社員にも同じ待遇を求める。

 ヨーロッパの中には、他の会社も含めた同じ産業なら同じ賃金を求める国もある。ドイツやフランスでは産業別労働協約によって職種や技能レベルに応じて賃金が決まる。ただ、日本の場合は同じ企業で同じ仕事をしているケースに限っている。

 この政策が導入されるのは、正社員と非正規社員の待遇に不合理な差別を設ける事を禁止し、こうした格差を是正するためだ。非正規社員には通勤手当や出張旅費が支払われなかったり、休憩室や社宅が利用出来なかったりしていたが、今後はこのような運用が認められなくなる。

 こうした恩恵はあるものの、これは表向きの話で、日本型雇用慣行を改革し、雇用の流動性の高い社会にしようという意図が裏にある。

 日本では長年、高校・大学を卒業して同じ企業に勤務し続け、そこで蓄積した知識や能力、経験を評価して給与を決める「職能給」が一般的だった。勤続年数が長ければ給与も上がる「年功賃金」は、この考え方に基づくものだ。先に人を雇ってから仕事を割り当てるため、日本型雇用は「メンバーシップ型雇用」といわれる。

 一方、雇用に流動性があるヨーロッパ等では、仕事ごとの内容に応じて、適した人材を雇う「ジョブ型雇用」が主流だ。

 賃金体系は、年齢や経験ではなく、職務に対して支払われる「職務給」となり、その職務が終了すればまた別の職場に移ることになるため、必然的に雇用の流動性が高くなる。同一労働同一賃金の考えは、「職務給」や「ジョブ型雇用」に近い。

 同一労働同一賃金の導入は、経団連等財界が長く求めていた。導入が進めば、正社員と非正規社員の格差是正が進み、雇用形態を問わずに条件の良い仕事を求めて転職する人が増え、雇用の流動性が高まる。

 さらには、年齢や勤続年数だけで給与を上げざるを得ない年功賃金に比べ、人件費抑制の手段にもなり得る。企業側が賃下げをしようとしても、賃下げは不利益変更になるため、労使交渉を考えれば簡単にはいかない現状がある。

財界には「人件費抑制の手段」になる

 同一労働同一賃金が導入されれば、年功賃金自体は違反にならないが、単に長く勤務しているだけで給与に差を付ける事を求めている訳ではないため、自然と賃金が上がりにくい体系に変える流れが強まるとみられている。

 ある政府関係者は「同一労働同一賃金が導入されれば、年功賃金が崩れるとみて、経済産業省が導入を推進してきた側面がある。特に中心となったのは、新原浩朗・経産省経済産業政策局長と水町勇一郎・東京大教授だ。今後、同一労働同一賃金は賃下げの代替案となっていく可能性が高いだろう」とみる。

 ある財界関係者も「雇用の流動性や年功賃金の見直しを見越して長年導入を求めてきた」と明かす。

 これを機に企業側も賃金体系の見直しに着手し始めている。職務給の導入が進んでいるが、成果給を取り入れる企業も多い。

 エネルギー業界では、既に年齢給を廃止したところもある。生保や損保ではいち早く対応し、職務給に切り替える動きが進んでいる。グローバル競争にさらされる製鉄業界の中には、成果主義を進めたいという企業もある。証券などは成果給を取り入れる動きは以前からあった。プラント業界も同様だ。日本の伝統産業である自動車業界の中にも年齢給を見直しているところも多い。

 こうした実情をみれば日本のあらゆる産業の現場で、年功序列の見直しが進んでいる事が分かる。

 特にNECの取り組みは注目されている。研究職を対象に大学時代の論文が高い評価を得た新卒者なら、1000万円を超える給与体系の導入に踏み切る。こうした人材を獲得しないと、グローバル競争が激しい中では勝てない状況になりつつあるからだ。

 労働者側からの不安も寄せられている。各都道府県の労働局への労働者からの相談件数は、2018年度で2525件だった。そのうち、賃金や福利厚生施設の利用、教育訓練の機会等正規・非正規の格差を巡る相談は873件に達し、4割を占めた。前年度に比べると383件増えており、不安が広がっている事を裏付ける。

「抜本的な格差是正ではない」との不満

 非正規社員の中には「ボーナスは多少支払われるようになったのはうれしい。ただ、正社員と手当の差がなくなったという話もあるが、そもそも正社員に支払っていた手当自体をなくしているため、本当に抜本的に格差が是正されているとは思えない」と不満を漏らす人が多いのが実情だ。

 大企業の動きとは異なり、準備期間が必要な中小企業は、来年4月から1年遅れでの適用となる。中小企業の範囲は細かく決まっており、小売業は「資本金が5000万円以下」または「常時使用する労働者が50人以下」で、サービス業では資本金は小売業と同じだが、労働者が100人以下と異なる。医療や福祉はサービス業と同じ分類だ。

 医療分野について、厚生労働省のある幹部は「医療分野は正規・非正規の格差があまりなく、資格による給与制度がしっかりしており、格差が比較的小さい業界だ。医師や看護師は役職に見合った給与体系になっている事が多いため、同一労働同一賃金のガイドラインに違反するようなケースは少ないだろう」と指摘している。

 同一労働同一賃金の導入で、これまでの年功賃金の見直しが一層進む事になるとみられている。更に、40代後半や50代の社員をターゲットにした早期退職制度を導入し、実施する企業も増えてきている。

 日本の雇用慣行として世界に知られた「年功序列」と「終身雇用」。日本の成長を長く支えてきたこの2つの制度が、経済状況や新たな制度の導入によって崩れつつあるのは間違いない。

 

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