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世界をリードし続ける「日の丸再生医療」 iPS細胞由来の組織の移植が続々と行われる

世界をリードし続ける「日の丸再生医療」 iPS細胞由来の組織の移植が続々と行われる
澤 芳樹(さわ・よしき)1955年大阪府生まれ。80年大阪大学医学部卒業。第一外科入局。83年大阪府立母子保健総合医療センター心臓外科。89年フンボルト財団奨学生としてドイツMax-Planck研究所に留学。92年大阪大学医学部第一外科助手。98年同講師。2002年同助教授。06年大阪大学大学院医学系研究科心臓血管・呼吸器外科主任教授、附属病院未来医療センター長。07年心臓血管外科主任教授。10年附属病院未来医療開発部長。13年附属病院国際医療センター長。15年大阪大学大学院医学系研究科研究科長・医学部長。日本再生医療学会理事長。19年日本胸部外科学会理事長。

一昨年、昨年とiPS細胞(人工多能性幹細胞)由来の組織を移植する臨床応用が行われ、今年以降も次々と移植が行われる計画になっている。再生医療はいよいよ実用化に向け、患者で効果を確かめる段階に入った。世界をリードする日本の再生医療は、これまでどのように発展してきたのか。また、どのような課題を残しているのか。日本再生医療学会を率いる澤芳樹理事長に話を聞いた。

——日本の再生医療の現状をどう見ていますか。

 2012年の山中伸弥先生のノーベル賞受賞が、大きなターニングポイントだったと思います。あれ以来、国家的なプロジェクトとして、再生医療にかなり大きな予算が投じられてきています。その成果として、日本の再生医療は着実に進んできたし、伸びてきました。これからが大きな花を咲かせる時期になります。結局は人で試してみないと分かりません。iPS細胞を使った再生医療は、人の病気を対象に臨床応用の段階に入っていますが、ここまできたのが大きな成果だと思います。予算が投じられている割に遅いという声もあるようですが、研究開発には時間がかかります。例えば医薬品の開発にも、10年以上の歳月がかかるのは普通ですし、数百億円、あるいはそれ以上のお金が投じられる事もあります。そういった点から見ても、投資額を無駄にせず、結構順調に再生医療の開発を進めてきたのではないかと思います。

——iPS細胞による再生医療は続々と臨床応用が行われるようですね。

 最初の臨床応用は網膜細胞の移植で、2014年でした。18年にパーキンソン病に対する神経細胞の移植、19年には角膜の移植が行われています。そして今年になり、重症心不全に対する心筋細胞の移植を私達が行い、京都大学がiPS細胞から作った血小板の移植を行っています。今後、脊髄損傷に対する神経細胞の移植や、膝関節の軟骨損傷に対する軟骨の移植も行われる予定です。

——世界と比べてどうなのですか。

 実は世界の再生医療はあまり開発が進んでいなくて、日本よりは遅れています。細胞を使った治療というと、アメリカではがんのCAR-T細胞療法が中心になっていて、細胞療法では日本より確実に進んでいます。しかし、再生医療はあまり進んでいません。上市されたものも、ほぼないと思います。iPS細胞に関する研究は急速に進んでいて、大分追い付いてきましたが、それでもまだ日本が5年は先を走っています。もっとも、アメリカがその気になったら、お金と物資をつぎ込んで追い付いてくるのでしょう。何の分野でもそうですから、いずれ追い上げられるのかもしれません。しかし、今はまだ日本がリードしています。

アカデミアが最後まで関わる

——日本の再生医療が進歩した原動力は何でしょうか。

 アカデミアが頑張った、というのはあると思います。例えば、私達は心不全の患者さんにiPS細胞から作った心筋を培養して移植したわけですが、いずれはPMDA(医薬品医療機器総合機構)の承認を得て、この治療を保険診療で広く行えるようにしていきたいと考えています。普通、アカデミアはそこまでやりません。私達は大学の研究所というわけでもなく、大阪大学の1つの診療科、1つの教室ですからね。心臓血管外科教室です。こんなところでは普通出来ないようなレギュラトリーサイエンスを、さんざんやってきました。動物実験を行って、安全性についてはプラスアルファで見る程度、というのが普通でしょう。ところが、有効性と安全性をきっちり出して、承認されるレベルまでやるとなると、ハードルがぐんと高くなります。それを1つの教室でやってきました。私達だけでなく、慶應義塾大学もそうだし、京都大学もそうです。そのように、アカデミアが中心となる今までになかった形で、もちろん企業の協力は得るのですが、従来なかった形でここまできているというのは、大きな進歩だったと思いますよ。

——企業中心ではなくアカデミア中心になった理由は?

 製薬会社は医薬品を作るノウハウを持っていますが、再生医療では細胞を大量に培養する必要があります。例えばiPS細胞を使って、ある種の細胞に分化させ、それを大量に安全に培養する方法は誰も確立していなかったわけです。それをやるとなれば、当然そこにはリスクがあるので、企業はなかなか手を出せません。結局、最初にエビデンスを出したのはアカデミアなので、アカデミアがそのまま臨床応用にもっていく事になりました。途中から企業が出来て、企業の協力も得ながら、大量培養の方法を確立していきました。それにしても、製品化するところまでアカデミアが関わるのは珍しいと思います。医療機器等では、アカデミアがコンセプトを作っても、後は医療機器メーカーが作ります。再生医療では、最後の投与段階をどうするかまで我々が中心になってやっています。PMDAに直接相談に行くし、交渉もして承認も得ています。アカデミアがプロの仕事をしているわけです。そうやって、国家プロジェクトでもある再生医療の開発が進んできたと言えます。

iPS細胞を使えば産業化が可能

——大阪大学では心筋細胞を心不全の患者に移植しました。どのような治療ですか。

 大阪大学の心臓血管外科ではずっと心不全の治療を行っていて、心臓移植は百数十例、人工心臓は500例くらいやっています。しかし、それでも助けられない命がたくさんありました。1人でも多くの人を助けたいという悔しい思いを、新しいチャレンジに結び付けようという事で、2000年から再生医療に取り組んできました。再生医療をやろうという事ではなくて、救えない命を何とかしたいという現場の声によって、その方法を作り出してきたという事です。だから、極論を言えば、再生医療でなくても良かったのです。目的が再生医療だったのではなくて、心臓病の治療が目的。そういう意味で、私は再生医療の研究者ではなくて、あくまで心臓外科医なんですよ。

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