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「揺さぶられ症候群」で相次ぐ無罪判決

「揺さぶられ症候群」で相次ぐ無罪判決
裁判を機にSBSについてもっと知る必要が

乳幼児が激しく揺さぶられて頭部に傷害を負う「乳幼児揺さぶられ症候群(SBS)」を巡り、虐待に問われた親が無罪になる判例が相次いでいる。そもそもSBSは専門医でも判断が難しく、それを根拠に有罪を認定する事に懐疑的な見方をする専門家も多かった。相次ぐ非情な児童虐待事件に厳罰を求めるのは当然だが、医学的な判断が難しい症状で虐待を判断していては、冤罪が増える恐れもある。

 2月7日、東京地方裁判所立川支部で行われた傷害致死事件の判決公判。竹下雄裁判長は、男性被告(43歳)に無罪を言い渡した。被告が問われていたのは、東京都町田市の自宅で2017年1月13日深夜、生後1カ月の長女の頭を揺さぶって急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ、これを原因とする肺炎により死亡させたという傷害致死罪だ。

 被告は一貫して無罪を主張していたが、検察側は長女の頭の中の傷害は外部からの力によるものと指摘。長女の容体が急変した時に母親は入浴中だったとして、長女に接触出来たのは父親である被告だけだったと主張していた。

 長女がなったというSBSとは、いったいどんな傷害なのか。都内の小児科医は「簡単に言うと、頭を強く揺すられる事で起きる症状の事だ。頭部に外傷がなくても、急性硬膜下血腫、眼底出血、脳浮腫の3症状がみられれば、SBSと判断される」と解説する。乳幼児は脳や首の筋肉が柔らかいため、体を激しく揺さぶられる事で頭蓋骨と脳が激しく衝突。血管等が傷を受けて、急性硬膜下血腫等の3症状が出やすくなるのだ。特に生後半年までの乳児に起こりやすく、言語障害や学習障害、失明等の後遺症が残る他、死亡に至る事もある。

揺さぶったという申告ないと診断困難

 ただ、「激しく揺さぶる」というのがどの程度なのか、どのくらいの時間で起きるのか等、はっきりしない事も多い。SBSの診断の難しさについて、この小児科医は「揺さぶられた事を示すマーカーがあるわけではなく、揺さぶったという行為と、その結果生じた傷害によってSBSという診断名が付く。揺さぶったという申告がないと、なかなかSBSとは診断出来ない」と明かす。

 急性硬膜下血腫・眼底出血・脳浮腫のいずれも、揺さぶられる事以外の原因によっても生じる。今回の裁判では、医師や法医学者が揺さぶる以外の原因で傷が生じた可能性を検討し、別の要因によって起きた可能性があると指摘していた。

 また、長女には3症状に加えて肋骨骨折もあったが、これについても「被告は長女に心臓マッサージを行っており、その際に生じたとしても矛盾はない」とされた。こうした立証を経て、裁判長は「揺さぶる暴行を加えたと認めるには合理的な疑いがある」として被告に無罪を言い渡したというわけだ。

 SBSが虐待によって生じるとする考え方が生まれたのは、1970年代の欧米だ。頭部に目立った外傷がなくても、3症状があれば虐待による揺さぶり行為があったと推測するという考え方で、厚生労働省が全国の児童相談所向けに作っている手引きでも、乳幼児に3症状と肋骨骨折等が生じた場合は、SBSを第一に疑うようにとされている。

 「主に家庭内で行われる虐待行為は、外からは窺い知れない。そこで、目立った外傷がなくてもSBSの3症状があれば虐待の認定をしようという動きが広まった」と全国紙記者は語る。国内では2000年代になって、被害者がSBSと診断された事を、虐待を立証する証拠に使うようになったという。

 ただ、こうした考え方に懐疑的な見方をする専門家は多かった。SBSの問題について研究する弁護士の1人は「1971年にSBSの基本となる理論を提唱した英国出身の医師自身が、2012年になってこの理論は仮説にすぎないとする論文を発表している」と語る。SBS理論への懐疑的な見方は広がっており、この流れを示すように、司法の場で無罪判決も相次いでいる。

 担当弁護士によると、SBSが争点となった裁判は16年7月、4カ月の長男を死亡させたとして傷害致死罪に問われた父親に対し、宇都宮地裁が懲役7年6月を言い渡した判決がある。

 しかし、18年3月、同年11月、19年1月と相次いで大阪地裁で判決が言い渡された裁判では、いずれも被告は無罪となっている。19年10月には、2カ月の孫をSBSで死亡させたとして傷害致死罪に問われ一審で有罪となった祖母が、大阪高裁で逆転無罪に。今年に入ってからも、生後1カ月の長女に意識障害を負わせたとして傷害罪に問われ、一審で有罪判決を受けた母親に大阪高裁が逆転無罪を言い渡している。

 「密室での暴行の証拠として大きな効力を持っていたSBSだが、これだけ無罪が相次ぐと、3症状や骨折等の医学的所見だけで虐待を認定するのは難しくなっていると言わざるを得ない」と前出の弁護士は語る。

「推定無罪」原則が強まっている可能性

 だからといって、児童虐待は決して見逃してはならないのは当然だ。全国の児童相談所が対応した児童虐待は18年度に約16万件に上り増加の一途だ。虐待により死亡してしまった子どもの〝代弁者〟として加害者を罰する事が出来るのは裁判所だけであり、検察側は積極的に立件する姿勢が必要だ。

 それでも、無実の人を有罪にする事があってはいけない。「最近の判例から言えるのは、SBSを児童虐待の証拠として一律に採用する事には無理があるという点。もちろん泣き止まない乳児をあやそうと、たった一度でも強く揺さぶって赤ちゃんが傷害を受ければ児童虐待に当たるが、多くの虐待事例では赤ちゃんの口をふさいだり叩いたりといった日常的な加害行為も行われているものだ」と全国紙記者。

 東京地裁立川支部が無罪を言い渡した今回の裁判では、被告の妻が「被告はこれまで長女に暴力をふるったことはない」等と証言し、こうした証言が被告の無罪を後押しした事は間違いない。

 一審の裁判に裁判員が加わり、より「推定無罪」の原則が強まっている事も影響している可能性がある。SBSの他に虐待を示す客観的な証拠がない場合は、泣き止まなかった、イライラしていた等の暴行に至った動機の解明も合わせて行う事が重要となるが、否認事件の場合は供述を得るのは難しい。

 ただ、一つ言えるのは、「SBSだから虐待」と認定するのは難しいとしても、SBSについてもっと社会に知られる必要があるという点だ。ある産婦人科医は「裁判をきっかけにSBSを知ってもらいたい」と話す。赤ちゃんを揺さぶると脳に傷害が起きやすいと知らない親族等が、あやすつもりでSBSを起こさせてしまう危険もある。未来ある子どもの健康を、無知によって損なう事があってはならない。

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