財務省は高齢者医療費では「譲らない」姿勢
政府は昨年末にまとめた「全世代型社会保障検討会議」の中間報告で、医療分野では「75歳以上の医療費自己負担割合(原則1割)の2割への引き上げ」「紹介状なしに病院の外来を訪れた人に求める定額負担の拡大」を2本柱として打ち出した。今年夏の具体案策定に向け、厚生労働省は1月末から関係審議会等での議論をスタートさせている。しかし、賛否両論がぶつかり合い、議論は難航気味だ。早くも、負担増となる対象が絞り込まれるとの観測も飛び交っている。
佐野雅宏・健康保険組合連合会副会長「現役との負担のバランス確保が必要。現役世代の保険料に歯止めがかかるよう、対象範囲を設定してもらいたい」
松原謙二・日本医師会副会長「自己負担が突然2倍に跳ね上がれば、医療を必要とする人のアクセスを大きく阻害してしまう。『原則1割』だ」
社保審では支払い側と診療側が衝突
1月31日の社会保障審議会医療保険部会。「全世代型」の中間報告を受け、具体案づくりに入ったものの、75歳以上の後期高齢者の自己負担割合引き上げを巡り、冒頭から費用負担側の委員と医療提供側の委員が衝突した。「(どのくらいの所得の人を負担増とするかの)線引きは容易じゃない」と厚労省幹部は漏らす。
1973年から10年間、国の制度として高齢者の医療費窓口負担はゼロだった。だが、さすがに過剰受診による医療費の膨張を招いた。83年からは老人保健制度による月400円の定額負担(外来)に変わり、97年には金額が1回につき500円にアップした後、2001年度からは「1割」の定率負担が導入された。08年度の後期高齢者医療制度発足で65〜69歳は3割、70〜74歳は2割負担となる一方で、75歳以上は「原則1割」が続いている。
「原則」というのは、75歳以上でも、年収383万円以上(単身世帯)の人は「現役並所得者」とされ、3割負担となっているためだ。後期高齢者全体の7%程度に相当する。また、住民税非課税世帯等は「低所得者」として、自己負担割合は1割ながら月の負担上限額が低く設定されている。残る「一般」(年収155万円〜383万円未満)が1割負担で、全体の52%を占めている。
横浜市の男性(81歳)は月に2〜3回、近くの整形外科で足の痛みを診てもらっている。医療費は1割負担で、毎回窓口で支払うのは100円前後だ。他に内科で胃腸炎の診察も受けている。収入は年金のみで、月に17万円程度だ。アパートの家賃の負担が重いという。男性は「もし2割負担になったら、金額は倍増するわけですよね。生活を相当切り詰めないといけなくなる」と不安気に話す。
17年度の75歳以上の1人当たり医療費は92万2000円。15〜44歳の12万3000円に比べると7・5倍となる。企業の健康保険組合の多くは高齢者医療費への拠出金の高さに悲鳴を上げ、75歳以上の人の自己負担増に期待を繋ぐ。
政府の試算によると、18年度に45兆円だった医療費は25年度に54兆円へと膨らむ見通しだ。医療給付費の抑制を狙う財務省は20年度の診療報酬改定で「本体」のプラス改定を容認したが、その裏には「高齢者医療費では譲らない」との強い意志が窺える。
ただ、全世代型社会保障検討会議の中間報告に医療分野を盛り込む事にこだわったのは安倍晋三首相だ。実際、政権与党の側はやや腰が引けている。昨年末にまとめた方針で、自民党は後期高齢者の自己負担割合の引き上げこそ認めながらも、「2割」という数字の明記は避けた。公明党も「1割負担が基本」とし、2割負担になる人を「例外」と位置付けている。自民党幹部は「負担増になる人は少数派だ」と牽制しており、厚労省幹部は「少なくとも『低所得者』は2割に出来ない。『一般』の人にどこまで切り込めるかだが、ハードルは高い」と話す。
「2割負担」問題同様、「紹介状なしに大病院を受診する患者への特別負担徴収の義務を負う医療機関」の拡大も、簡単に落着しそうにはない。
この制度は給付抑制策とは性格が異なる。大病院には高度な専門的治療に徹してもらい、慢性期の治療は診療所や中小病院で——という医療機関の役割分担を明確にする事が目的だった。軽症なのに大病院へ行く人に「罰金」を求める事で、患者が大病院に集中しないようにし、勤務医の負担を軽減する狙いがある。病院にとっては健康保険適用外の収入で、患者の自己負担増にはなっても国の医療財政には直接影響しない。
16年度に始まり、当初は入院用ベッド数が500床以上の大病院を対象としていた。それが18年度には400床以上に広がった。特別負担の金額は、初診時が5000円以上で再診時が2500円以上。「全世代型」の中間報告はこの金額をアップするとともに、徴収義務対象を「200床以上の一般病院」に拡大する方針を示した。
日病会長は負担の議論先行を批判
しかし、病院にとって外来患者は大きな収入源の一つでもある。日本病院会(日病)や全日本病院協会等で構成する「四病院団体協議会」は対象病院の拡大に強く反発。1月22日に開いた総合部会では、病院の機能に関する議論がないままだとして、「外来機能分化、かかりつけ医の役割などについて議論を尽くす必要がある」との認識で一致した。
地域によっては、200床以上の病院が「かかりつけ医」の機能を担っている。200床あっても、療養病床が多くを占める病院を「高度な医療を担う大病院」と言えるのか。病院団体側にはそうした思いがある。日病の相澤孝夫会長は「『かかりつけ医』『中小病院』『大病院』の線引きすら議論がされていない」と訴え、負担の議論を先行させることを強く批判している。
相澤氏らはこれに先立つ1月20日の社会保障審議会医療部会でも、「外来医療の機能分化」について定義から議論を始めるよう求め、厚労省の吉田学・医政局長は「外来医療等のあり方」に関する根本的議論をする考えを示さざるを得なかった。
結局、機能分化など理念的な部分は同医療部会などで議論し、平行して制度設計や金額の設定は同医療保険部会や中央社会保険医療協議会で詰める運びとなった。1月31日の医療保険部会で、池端幸彦・日本慢性期医療協会副会長は、まだ多くの国民が大病院にかかりたいと考えている現実面を指摘。「そこをどう改革していくかが重要だ」と語った。その上で、大病院も外来頼みになっている状況について、「大病院が入院、専門外来で経営が成り立つ仕組みを考えなければ、地域医療が崩壊してしまう」と訴えた。
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