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未来の会

医師の働き方改革で「応召義務」も見直しへ

医師の働き方改革で「応召義務」も見直しへ
医療者も長年の過酷な勤務状況を変えるべき

医師の働き方改革の議論が進む中、これまで医療現場を悩ませてきた「応召義務」について、2つの大きな動きがあった。1つは「応召義務」を巡って最高裁まで争われた民事訴訟が決着した事。そしてもう1つは、昨年末に厚生労働省が出した1枚の通知だ。

 この通知により、少なくとも医師が「応召義務」を理由に限界を超えて働かなければいけない事態は免れそうだ。ただ、職場の労働環境の改善は道半ば。現場の医師が疲弊しないよう、医療界自ら音頭を取り、十分な対策をする事が求められている。

 まずは、「応召義務」を巡って起こされた民事訴訟の方から振り返ってみよう。「静岡県の浜松医科大学病院が、患者の継続治療を拒否したとして応召義務違反等で訴えられた裁判が、昨年決着した。患者側は東京高裁の判決を不服として最高裁に上告していたが、不受理となった」(全国紙記者)。

応召義務巡る訴訟で患者側が敗訴

 訴えていたのは、中国で腎移植を受けた患者。渡航移植後の継続診療を受けようと紹介状を持って訪れた浜松医科大病院で治療を拒否され、「応召義務」違反等に当たるとして同病院を訴えたのだ。同病院には、「臓器売買の絡むような移植をした患者の診療は控える」とする院内の申し合わせがあり、医師はこの申し合わせに沿って継続治療を拒否したという。

 一審の静岡地裁判決は、同病院が今後の治療については断ったものの一通りの検査や問診等は行っていた事から、応召義務違反には当たらないと患者側の訴えを退けた。患者側はこの判決を不服として東京高裁に控訴。そして東京高裁は昨年5月、「応召義務」について画期的な判断をしたのだった。

 そもそも「応召義務」とは、医師法19条にある「診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない」とする条文の事である。そしてこの「正当な事由」が何か、「正当でない事由」は何かという事について、医師法は特に明示していない。条文を埋めるようにして現場で長年用いられてきたのが、昭和30年(1955年)に厚生省(当時)が出した通知であった。通知は医師法19条の「正当な事由」を、「医師の不在又は病気等により事実上診療が不可能な場合に限られる」としている。「よほどの事がない限り、診療を拒んではいけない」と現場の医師を半世紀以上も縛ってきたのが、この通知であった。

 渡航移植を受けて帰国した一患者の控訴は、この「応召義務」について、新たな解釈を示す事になった。東京高裁は、応召義務は①治療の必要性②他の医療機関による診療可能性③診療を拒否した理由の正当性——の総合判断によって判断されると要件を挙げた。

 件の患者については緊急の診療を行う必要がある事情は存在せず(①)、他の医療機関で診療を受ける事も可能で(②)、移植ツーリズムを禁止するイスタンブール宣言に従い海外渡航移植ビジネスに加担する恐れがある患者の診療を控える事とした病院の申し合わせには正当な理由がある(③)として、応召義務違反に当たらないと判断したのである。新たに裁判所が提示した①〜③の要件は、これからの「応召義務」を考えるに当たり示唆に富むものだった。原告側は上告したが、最高裁は昨年末、上告を不受理とし、東京高裁判決が確定した。

厚労省通知は勤務医に追い風か

 だが、応召義務について、新たな判断をしたのは裁判所だけではなかった。医師の働き方改革を議論している厚労省は昨年12月25日、専門家の研究結果等を受けて、「応召義務(通知では「応招義務」)をはじめとした診療治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」とする通知を発出。この中で、患者の求めがあったとしても、医師は労働法令に違反してまで診療をしなくてよいと明言。診療の求めに応じるかどうかは患者の状態の緊急性(病状の深刻度)が最優先であるとしながらも、診療時間外に患者の診療を断る事は「正当化」されるとした。

 また、支払い能力があるのに医療費を払わない場合、外国人等で言語が通じないために診療が著しく難しい場合等も、診療を断っても応召義務違反とはならないと結論づけた。

 医療担当記者は「厚労省の通知は、浜松医科大病院裁判の判決にも沿っている内容だ。診療を行う上で医師と患者の信頼関係は非常に大事だが、通知では診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には新たな診療を行わない事が正当化される、とある。悪質なクレーマー等が想定され、こうした患者の対応に手を焼いてきた医療機関としては、診療を拒否しても応召義務違反に問われないというのは、大きな追い風になるだろう」と分析する。

 「応召義務」を盾に患者の行き過ぎた要求を通さない事は、限りある医療資源を適切に使っていこうとする国の方針にも沿う。ただ、応召義務の解釈で医療現場が変わるかというと、事はそう単純ではない。

 千葉県の若手女性医師は「確かに患者の過大要求は医師を疲弊させ、医療崩壊を呼ぶ原因になり得る。しかし、現場の医師にとって、働き方改革を進める上でもっとも障害となるのは、患者ではなく職場環境だ。長時間労働が当たり前、若手は丁稚奉公をして学んでいくのが当然という時代遅れの考え方があるうちは、働き方改革は進まない」と嘆く。

 「応召義務」はあくまで患者との関係において生じる義務だ。患者が診療時間外、労働法制を超えての勤務時間を伴う診療行為を求めてきた場合は断れるというのが今回の通知の中身。では、雇用された医療機関から法律違反の長時間労働を求められた場合はどうなのか。これは応召義務以前に明確な法律違反だ。ところが、現場の医師がそれを拒否出来るかというと「難しい」と若手医師達は訴えるのである。

 今回の厚労省の通知は、医療機関にとって1つの心強い指針となるが、そこで働く医師を救うものにはならないのではないか。「現場の医療を守る会」代表世話人の坂根みち子・坂根Mクリニック院長は、「医師の働き方改革の議論に加わるメンバーは、医療界で長年続いてきた過酷な勤務を生き抜いたサバイバー達である」と指摘する。こうしたサバイバーは若手医師に対して自分達と同じ働き方を求めてしまい、それが医師の過労死や女性医師の現場離れを呼んでいるという。

 前出の若手女性医師は訴える。

 「週1回、帰宅して眠れるかどうかで、あとはずっと病院で寝泊まりしている。雑用も多く、私がやる必要があるのか疑問だ。あと何年、こんな働き方をすればいいのか」

 医療現場に過剰な負担を強いているのは、患者であり、国(医師不足)であり、同時に自分達自身であるという事に医療界は気づく必要がある。

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