大病院受診時定額負担拡大に日医・病院団体で異なるスタンス
子年が幕を開け、安倍晋三首相が鳴り物入りで始めた全世代型社会保障改革を巡る議論は、いよいよ第2ラウンドを迎える。医療費の患者負担増を巡り、関係省庁、医療従事者、与党議員等のステークホルダー(利害関係者)間での攻防は、一層激しさを増しそうだ。
政府の全世代型社会保障検討会議(議長=安倍晋三首相)が昨年12月19日にまとめた中間報告。実は原案から消えた一文がある。
「中小病院及び診療所については、かかりつけ医機能の普及状況や病院・診療所の機能分化・提携の状況も踏まえ、かかりつけ医機能の普及方策と併せて外来受診時の定額負担の活用について、中長期的に更に検討を行う」
原案には、外来で受診した人の窓口負担に一定額を上乗せする受診時定額(ワンコイン)負担の導入についてこう記していた。その一方で、将来にわたり3割負担を維持する事を規定した「平成14年の健康保険法改正法附則第2条を堅持しつつ」という文言は最後まで残った。
ある厚生労働省幹部は記者団に「これが全てだよ。導入しないという事だ」と語り、ニヤリと笑ってみせた。
ワンコイン負担の導入は医療保険財政の基盤強化をもくろむ財務省が仕掛けたもので、安倍首相も導入にこだわった。これに対し日本医師会(日医、横倉義武会長)、日本歯科医師会(堀憲郎会長)、日本薬剤師会(山本信夫会長)の三師会は猛反発。自民党内は、選挙の際「集票マシン」になることから、足を向けて眠れない日医の意向を受ける形で、反対論一色にほぼ染まった。
三師会が反対する理由の一つに「受診抑制」という事がある。受診を控える事になれば、軽症だったのが重症化しかねないというわけだ。たかがワンコインではあるが、日医幹部は「最初100円だったのが500円になり、ワンペーパー(紙幣)になるのは目に見えている」と語る。「アリの一穴」になるという危機感だ。
ワンコイン導入に反対した日医の真意
受診機会の多い高齢者に更なる負担を求める事になり、社会全体で支えるという公的医療保険制度の理念に相いれない事も反対の理由に掲げている。こうした主張の底流に、「受診抑制は収入減に直結するため避けたい」という、日医の中で幅を利かせている開業医の本音があるのは言うまでもない。
この問題が本当に決着したかどうかは疑わしい。国全体の外来受診の回数は年間約21億回に上り、一律100円を徴収すると年2100億円、500円なら年1兆円規模で、公的医療保険財政にプラスとなる。財務省サイドは依然、導入にこだわっている。薄く広く負担してもらうという点で、発想は消費税と同じ。いかにも同省が考えそうなアイデアといえる。
導入された暁には、大病院からかかりつけ医への患者誘導策として、定額負担に差を設ける腹案も抱えている。政府は最終報告を6月に取りまとめる予定だが、導入に向けて「更に検討」などの文言が復活する可能性は否定出来ない。
一方、中間報告には、紹介状なしで大病院を外来受診した場合に初診5000円以上、再診2500円以上の負担を求める制度について、負担額の増額と、対象病院を現行の病床数「400床以上」から「200床以上」の一般病院に拡大することが明記された。
日医はこれには反対していない。選定療養の話と、最大3割負担の話は別問題というのがその理由だ。この理屈を後押しするかのように、中間報告には「大病院と中小病院・診療所の外来における機能分化、かかりつけ医の普及を推進する観点から、紹介がない患者の大病院外来初診・再診時の定額負担の仕組みを大幅に拡充する」と明記している。
実際、少子高齢化に拍車がかかる中、人材豊富で設備が整っている大病院に患者が集中する実態を是正する必要はある。その延長線上に「地域包括ケアシステム」の構築があるのは、医療関係者の間では共通認識だろう。
「200床以上」拡大に病院団体は反発
ただ、この定額負担の拡充も、受診抑制に繋がりかねないため、日医が納得しても、患者が納得するとは限らない。増額の幅も1000〜2000円を軸に検討が進められる見通しで、日医は「かかりつけ医が潤えば、それで良いのか」という批判とともに、「ダブルスタンダード」の誹りを免れない事態も予想される。
こうした中、日本病院会(日病)の相澤孝夫会長(日本病院団体協議会副議長)は昨年12月23日の記者会見で「200床以上」に拡大する事に反対する考えを明確にした。
「病床数などの外形的基準ではなく、病院が地域で担っている機能に着目して医療施策を進めていかなければならない。200床以上の病院でも、地域密着型として地域医療に貢献している病院は少なくない。そこへの配慮がなされていない」
加えて、中間報告に「外来における機能分化」を記載しているにもかかわらず、大病院や中小病院、かかりつけ医の線引きを巡る議論が「十分に行われていない」と強調。「地方と都市部では、例えば初診時の5000円の重みが異なる。増額した場合に地域医療にどのような影響があるかも考慮されていない」と批判した。
ベッド数ではなく病院の機能に着目して議論せよという主張だ。大いにうなずける意見なだけに、医療界の足並みの乱れがどう収束していくのか、しないのか。目が離せない。
現行「原則1割」負担となっている75歳以上の後期高齢者の医療機関での窓口負担については、2割負担となる人の所得基準について政府・与党間で議論百出となりそうだ。日医は低所得者への配慮を条件に早くから容認に傾いていた。安倍首相も2割への引き上げを改革の本丸と位置付けていたため、引き上げは既定路線でもあった。
しかし、夏の東京五輪・パラリンピック以降の衆院解散が囁かれる中、投票率が若年層より高い高齢者を直撃する政策に、与党がおいそれと首を縦に振るはずがなかった。
実際、自民党の人生100年時代戦略本部(本部長=岸田文雄・政調会長)がまとめた提言は「一定所得以上に限っては引き上げる」とし、負担割合の記載を見送った。
中間報告の原案は「後期高齢者であっても一定所得以上の方については、その医療費の窓口負担割合を2割とする」と記していたが、「1割」という文言の明記にこだわった公明党の強い要請で「……2割とし、それ以外の方については1割とする」と修正された。「永田町文学」「霞が関文学」の類いではあるが、与党がいかに2割への引き上げに及び腰であったかが窺える。
パンドラの箱を開けた状態となった医療制度改革。最終報告に向けた議論が充実したものになるのかどうか、甚だ心もとない。
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