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未来の会

ハンセン病問題「差別解消」に継続的取り組みは必要

ハンセン病問題「差別解消」に継続的取り組みは必要
家族への補償が始まっても課題として残る検証と啓発

ハンセン病元患者の家族が受けた差別被害を救済する法案がまとまり、救済に向けた具体的な動きが始まった。家族1人当たり最大180万円を補償するのが柱で、超党派の議員懇談会が中心の議員立法だったが、実際は厚労省と原告弁護団が大筋の内容を固めた。ただ、原告団の一部からは「差別は補償で終わりではない。苦渋の受け入れであることを分かってほしい」と悲痛の訴えは続く。偏見や差別を恐れ、名乗り出ない家族がいる可能性もあり、差別解消に向けた継続的な取り組みは必要となる。

 補償の内容は、元患者の親子、配偶者が1人当たり180万円、兄弟や元患者と同居していた甥、姪、孫、ひ孫らは130万円。補償案作りのきっかけとなった熊本地裁判決では差別被害が認められなかった米軍施政下時代の沖縄の療養所に収容されていた元患者の家族の他、戦前の台湾や朝鮮半島に住んでいた家族も補償対象に含める。

 また、判決で請求が棄却された2002年以降に家族に元患者がいると認識したり、裁判に参加していない場合も対象に含め、訴訟中に死亡した原告約20人については、法案の対象には含めないが、省令で補償対象の家族と同額の一時金を支給する。

 家族への差別を巡る補償作りの経緯を改めて振り返ると、6月の熊本地裁判決が国の誤った隔離政策が被害をもたらしたと認定し、国に賠償を命じたのがそもそもの始まりだ。控訴期限が参院選中で、選挙への影響を懸念した首相官邸が主導し、控訴を断念した。政府は原告以外の家族にも補償する意向を示し、7月末から厚労省と原告弁護団の補償に向けた協議が始まった。

 国が強制隔離した患者本人へは補償しているが、本人ではない家族に対する補償の参考になる前例は、熊本地裁判決(1人33万〜143万円)しかなかった。厚労省はこの判決をベースに補償の範囲や補償額を検討していったが、原告弁護団は訴訟で1人当たり550万円を求めており、交渉の初期段階では障害者に不妊手術を強制した旧優生保護法の被害者救済法が1人320万円とした点を挙げ、「1人最大300万円」を主張し、区分についても「続き柄に応じた一律金額」を求め、その隔たりは大きかった。

厚労省と弁護団が中心に作った枠組

 ただ、元患者や家族の高齢化が進んでいたため解決を急いだ。超党派の議員懇談会も10月の臨時国会中の法整備を目指す方針を確認し、厚労省と原告弁護団による交渉を急がせた。厚労省は補償額として1人当たり最大150万円を提示していたが、10月初旬には180万円に上積みした。原稿弁護団もこの頃には当初提示より低い200万円まで譲歩しており、補償範囲も広く含めた提示になっていたことから、原告弁護団も最終的に180万円を受け入れた。

 原告弁護団の1人は「交渉相手だった厚労省の宮嵜雅則・健康局長と竹林経冶・難病対策課長は誠実に対応してくれた。こちら側の要求を100%取り入れてもらったわけではないが、ぎりぎりのところで許容できる内容になったと思う」と振り返る。

 なぜ補償の枠組み作りが、当事者である厚労省と原告弁護団が中心になったかというと、国会議員側の動きが鈍かったためだ。ある与党幹部は「元々、安倍晋三首相が控訴断念を決断したところから始まっており、野党側は積極的に協力する姿勢に乏しかった。さらに、自民党側の事情でいえば、ハンセン病関連の議員懇談会が2つあり、その2つの関係性が良くなかったというのも大きく影響している」と明かす。

仲の悪かった2つの議員懇談会

 その2つとは、「ハンセン病対策議員懇談会」(会長=金子恭之・自民党衆院議員)と「ハンセン病問題の最終解決を進める国会議員懇談会」(会長=森山𥙿・自民党衆院議員)だ。自民党のある議員秘書は「森山さんと金子さんが話しているのを見たことがない。2人の仲はとても良いとは言えない状況だ」と指摘する。厚労省職員も「補償法案作りといっても、議員懇談会が2つあり、どちらに先に相談していいのか難しい状況だった」と話す。

 最終的に2つの議員懇談会は作業部会を設置し、厚労省と原告弁護団が仕上げた補償の骨子を追認する。政治的な見せ場は、訴訟中に亡くなった原告約20人を補償の対象に含めるかどうかの議論があった時だ。旧優生保護法の被害救済法など他の補償法では、生存している人のみを対象にしており、内閣法制局は「法の下の平等に反し、認められない」との立場だった。しかし、原告弁護団や一部の国会議員は「偏見差別を恐れず、訴訟を提起したことで補償される段階まで来た。こうした勇気ある行動に報いることが必要だ」とし、意見が対立した。

 結局、10月中旬に開かれた非公開の作業部会では、「補償に含めるべきだ」との意見が大勢を占めた。ある自民党議員から「法案に盛り込むのではなく、省令による一時金という法律の枠外での救済措置にすれば、内閣法制局からも了承を得られる」との助言を受け、最終的に法案の枠組みが固まった。

 法案が与野党で最終合意される直前に、一部の野党が不可解な揺さぶりをかけてきた。厚労省と原告弁護団で1人最大180万円と合意した案に対し、1人最大200万円とするように求めたのだ。これには厚労省や与党議員のみならず、原告弁護団までもが「理解に苦しむ行動」と捉え、結局、この提案は空振りに終わった。

 ある野党議員は「原告弁護団が提案していた額ということで、野党側からも提案しておいた方が良いと考えた」と釈明する。しかし、傍から“補償法案潰し”と見られかねず、「軽率な提案」(自民党議員)に映ったのは確かだろう。

 国立ハンセン病療養所の医師不足に対応するため、医師の兼業を認める方針を補償法案に盛り込み、刑務所や少年院などに勤める「矯正医官」と同様に、勤務時間内に別の医療機関で働くことを可能とし、一定の目配せの利いた内容になったといえる。

 ただ、国家賠償訴訟原告団長の林力氏(95歳)は「それぞれの人生があって、補償であがないましたと合点する者は誰もいない。ハンセン病とは何か、どういう人権侵害をされてきたのか、語る機会を得たい。これからは啓発・教育が大きな課題となる」と記者会見などで語っている。

 内閣府の17年調査では、元患者や家族が、就職・職場で不利な扱いを受けたり、結婚問題で周囲の反対を受けたりしたなどと考える人は3割近くを占めるとの結果もあり、この傾向は大きく改善していない。補償法による救済が始まったとしても、過ちを繰り返さないためのたゆまぬ検証と啓発は今後も課題として残り続ける。

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