新興企業に同社最大3200億円投入の大博打
国内製薬準大手の大日本住友製薬が異色の提携に打って出た。10月末をめどに、英国やスイスに本社を置くロイバント・サイエンシズに同社過去最大の3200億円を投じ、①ロイバントの医薬品開発子会社群の買収②ロイバントの技術の獲得と提携③ロイバント本体への出資——で正式契約を締結すると発表した。
ロイバントは2017年にソフトバンクグループの総帥・孫正義が関与するベンチャーファンドなどが約1200億円を出資したことで有名だが、まだ発売した薬もない設立5年の医薬品ベンチャー。ここに大金を注ぐということで、業界は驚きをもってこのニュースを受け止めた。
獲得開発品は力不足
「これでラツーダ特許切れの問題を解決できる」。大日本住友の野村博社長は会見で大見得を切った。
ラツーダは1800億円超の年商を誇る抗精神病薬だ。この屋台骨商品は特許が23年2月に切れるが、そうなれば売り上げが「崖」から転げ落ちる。この穴をいかに埋めるかが、大日本住友最大の経営課題になっていた。これが解決するというのだから、本当ならすごいことだ。
今回の提携ではロイバント子会社5社買収で多数の開発品(新薬候補品)が手に入る。そのうちの子宮筋腫等治療薬「レルゴリクス」、過活動膀胱等治療薬「ビベグロン」は市場コンセンサスでは、売り上げ1000億円を超す大型商品に育つ潜在力があると大日本住友は強調する。2つの薬とも実用化が間近。臨床試験(治験)の最後の難関3相を終えていて、米国での承認申請も19年度中には見込まれる。
ただ売り上げ見通しに関しては「甘過ぎる」との声がアナリストの間から早くも挙がっている。
レルゴリクスは武田からの、ビベグロンは米メルクからの導入品で、自社創薬のラツーダに比べ利益率は劣る。2つの薬が1000億円商品に育ったとしても、ラツーダの利益の穴は埋めきれない可能性が高い。
この2つの薬をそれぞれ開発するロイバントの子会社は米国で株式を上場しているが、その株価が提携後も一向に動かないのも気がかりだ。 上場子会社の時価総額はそれぞれ470億円、340億円程度(10月4日終値)。ロイバントのこの2社における株保有比率46%、75%を考慮すれば、買収後の大日本住友の持分価値はそれぞれ220億円、250億円程度、合計でも500億円に達しない。大日本が期待する、しかも発売がそう遠くない大型新薬候補を抱える会社に対して、株式市場は高い評価を付けていないのだ。
ロイバント本体にも10%以上出資する。ロイバントは非上場ゆえに詳細は不明だが、現状は開発費だけが先行してかさむ赤字状態と目される。その価値算出は難しい。
ロイバントは弱冠34歳のCEO(最高経営責任者)の下、次々に疾患領域別の医薬品開発子会社を設立し急成長。その数は設立5年にして16社。抱える開発品の数も45に達するともいわれる。
これを支えるのがロイバントの高度な技術基盤。AI(人工知能)、デジタル技術を基にした独自のデータ分析を駆使して他社が治験を断念、あるいは重点開発領域から外したような開発品を発掘し安価で開発・販売権利を獲得。そして最適な治験方法を生み出し、開発の速度と成功確率を格段に上げるという代物だ。
このノウハウを、それを使いこなすデータサイエンティストなど技術者ごと大日本住友は獲得する。さらに今回の提携では、ロイバントに残る2つのIT子会社の技術も利用できるという。
技術獲得に過剰な期待
獲得した技術基盤・人材は米国に設ける新設会社に移す。ロイバントから移る医薬品開発子会社群とともに、既存の大日本住友の組織とは別枠にすることで、出自の異なる2つの文化間の摩擦を回避する方針だ。
「データに基づき薬剤の特性を生かした治験など、今までにない開発ができるようになる」(野村博社長)。大日本住友のこの技術導入への期待の大きさは突出している。
それには大日本住友の特殊事情がある。相次ぐ開発の失敗だ。
ポストラツーダの柱として期待した抗がん剤「ナパブカシン」は17年に胃がん向けの治験で、今年は膵がん向けで失敗した。直腸・結腸向けは生き残るがそれが成功しても売り上げは、会社の目論むピーク1000億円の半分の達成さえ怪しい。
元々12年の米国ベンチャー買収で獲得した開発品。当初15年に予定していた発売に未だ至らず、開発管理の欠陥が露呈している。要は製薬企業の命運を握る研究開発の改善再建が急務になっているわけだ。
先述したロイバントの高度技術基盤をここで活かしたいというのが、技術提携に踏み込んだ大日本住友のもう1つの大きな狙いだ。
外から開発品を見つけてきて、子会社で開発・発売するロイバントのビジネスモデルをいきなり移植するのは難しい。ただし、既存パイプライン(新薬候補)の開発期間の短縮や成功確率のアップができれば、この技術提携の価値は十分あるというのが大日本住友の弾くそろばんだ。
しかし、これは簡単ではない。
実際にロイバントの技術・人材を大日本住友本体の既存組織・ビジネスプロセスの改革に生かそうとした瞬間に、さまざまな障害・衝突が発生してくるのは必然だ。
気になるのは、この技術分野提携での前のめりにも見える、大日本住友の“焦り”だ。
4月に大日本住友は22年度までの新中期経営計画(中計)を策定した。目玉に3000億〜6000億円の投資枠を設け、ラツーダの穴埋めへ大型M&A(企業の合併・買収)を推進する姿勢を見せていた。
今回の提携で早くもこれを実現したと見ることは可能だが、そうとばかりはいえない側面がある。
4月時点では大日本住友は、ラツーダが属す精神神経疾患領域で大型M&Aを想定していた。ところが今回の提携で入手する開発品は、先述した婦人病や泌尿器治療薬など、大日本住友が重点疾患領域とするがん、再生医療、精神神経疾患の3分野に属さないものが大半。これでは3重点領域とのシナジーが期待できず、投資効果も減退してしまう。
「これらの薬が売れてキャッシュフローが増えれば、がんなど重点領域の強化に使われ、良い循環が生まれる」(野村社長)と大日本住友は言うが、苦しい説明だ。
実はこの背景には、こうせざるを得ない大日本住友の事情変更が4月の中計発表後に起きていたことがある。ナパブカシンの膵がん治験失敗だ。埋めるべき“穴”はさらに広がったのだ。神経精神疾患にこだわってはいられない緊急事態が今回の異例提携の急展開をもたらした。
膨らむ一方の開発費の回収という出口が必要なロイバントにとっても、これは渡りに船だった。
逆にいえば、この焦りを手玉にとられ、高い買い物をしたという疑念が出ているが、大日本住友がこれを払拭できるのか。同じく成長隘路に入る同業製薬準大手にとっても、その行方が気になるところだ。
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