痛ましい児童虐待のニュースが相次いでいる。時には幼い命が奪われることもある。児童虐待が社会問題化する中、子ども達に向き合う児童相談所には改善すべき点が多い。東京都の児童相談所で児童心理司を務めた経験を踏まえ、『告発 児童相談所が子供を殺す』などを著した山脇由貴子氏に、児童虐待の現状や児童相談所の課題と改善すべき点、医療機関の関わり方について聞いた。
——虐待件数は増えているのでしょうか。
山脇 正確なところは分かりません。主として児童虐待に対応しているのは、自治体が運営する児童相談所です。児童相談所における相談対応件数の中には「非該当」と分類されるものもあります。非該当の件数は公表されていません。そもそも児童相談所への相談がないケースもあるので、虐待件数そのものを把握することはできません。ただし、相談対応件数が急増していることは確かです。2018年度は16万件弱(前年比19・5%増)でした。10年前(2008年度)には4万件強、20年前には7000件弱(1998年度)でした。ものすごい勢いで増えています。
——相談対応件数が20年で20倍以上ですか。
山脇 相談対応があまりに増えたので、児童相談所の体制が追い付かないのが現状です。私は児童心理司として東京都の児童相談所で長く仕事をしました。私が勤め始めたのは90年代のことですが、当時は児童相談所を減らす方針が示されていました。児童相談所の業務の主軸を「虐待からいじめ対策へ移そう」という議論もあったくらいです。当時から見ると、現在の状況は別世界のようです。
——件数増加の背景には、どのような事情があるのでしょうか。
山脇 まず、虐待の定義が拡大されているという点に注意する必要があります。例えば、かつては子どもの目の前で行われる夫婦喧嘩やDV(配偶者暴力)は相談の対象と見なされないケースが多かったと思いますが、今では心理的虐待の一種と考えられています。また、社会的な認識の変化もあります。親が大声で子どもを叱ったり、子どもが泣いたりする声を聞いて、近所の住民が児童相談所や警察などに連絡するケースが増えました。
児童相談所の組織・人事が抱える課題
——児童相談所にも課題がありそうですね。
山脇 年々、児童相談所の人員は増えています。しかし、それに応じて児童虐待への対応力が高まったかというと、必ずしもそうではありません。意欲や能力のある人材が集まらない、と各地の児童相談所の所長は嘆いています。そして、意欲や能力が十分とはいえない職員が、児童福祉司という個々の子どもに向き合う大事な仕事をしています。東京都を例にとると、児童福祉司の中には一般職採用の職員がいます。児童心理学や虐待問題などについてほとんど知識のない状態で、採用されたばかりの職員が児童相談所に配属されます。都庁内で希望者が少ないため、やむをえず「3年我慢してくれ」などと言って若手を児童相談所に送り出しているのです。
——児童相談所は職場としての人気がない?
山脇 行きたがらない人の気持ちは分かります。虐待を受けている児童を保護すれば、親が怒鳴り込んでくることもしばしばです。家庭を訪問すれば、時には物を投げつけてくる親もいます。ストレスフルな仕事であることは間違いありません。
——解決のためには、どのような方策が考えられるでしょうか。
山脇 児童福祉司などの職員を専門職として採用する自治体もありますが、一般職として採用する自治体が多いのです。私自身は心理職という専門職として都に採用されたのですが、児童福祉司も同じように専門職採用にすればかなり改善されると思います。職員にとって児童相談所は大変な職場ですが、子ども達を守りたいと思っている人達はたくさんいます。そんな意欲と一定の知識を持つ人材を採用することは、十分可能だと思います。
——児童相談所のマネジメントの課題は?
山脇 児童相談所の所長のレベルをもっと高める必要があります。別の部署で長く働いて、ある年代に達した職員が所長(東京都の場合は課長職)に任命されます。児童虐待の知識をほとんど持たない人が管理職になっているのです。東京以外の自治体でも同じような状況だと思いますが、大半の所長にとっては数年の任期を大過なく務めることが最優先です。こうした組織では改善の機運はなかなか生まれてこないのではないかと思います。
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