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「財政検証」、受給者に痛み強いる給付抑制策は後退

「財政検証」、受給者に痛み強いる給付抑制策は後退

公表が参院選後にずれ込んだことを野党は批判

厚生労働省が8月末に公表した公的年金の将来像を示す財政検証には、同省の志向する次期年金改革案が色濃く反映されている。ただし、厚生年金の適用拡大や基礎年金の加入期間を5年延ばす案は前回2014年時の検証にも盛り込まれている。新たに加わったのは、受給開始時期の選択幅を広げるという、負担増に直結しない国民に優しい制度改革だ。一方で、今の受給者に最も打撃を与える給付抑制策はひっそりと後退した。

 政府は04年の年金改革で保険料に上限を設定。財政が安定するまで給付を抑え、保険料収入の範囲内で賄えるように改めた。その給付抑制策の柱が「マクロ経済スライド」。それ以前の年金は毎年物価や賃金の伸びに合わせて改定されてきたが、同スライドは物価などの上昇幅より年金額の伸びを抑える仕組みだ。ただ一方で、モデル世帯(平均的な収入で40年間会社勤めをした夫と専業主婦の妻の夫婦)の厚生年金給付水準(現役男性の平均手取り収入に対する年金額の割合、19年度は61・7%)については、「50%を維持する」としていた。

2つの改革案の実現は難航必至

 「50%維持」の約束を守れるかどうか、5年に1度点検するのが年金の財政検証だ。今回は6通りの経済前提を置き、見通しを示した。6通りのうち、経済成長の度合いが中間的なケース(実質経済成長率0・4%で推移)で見ると、61・7%のモデル世帯の給付水準は28年後の47年度に2割減の50・8%まで低下し、下げ止まる。最も楽観的なケース(同0・9%)なら51・9%となるものの、実質経済成長率が0〜0・2%のケースでは40%台半ばに落ち込む。最悪の前提(同マイナス0・5%)では36〜38%に低迷し、国民年金の積立金が枯渇する。

 こうした年金の下げ幅を少しでも食い止めるべく、5年前の検証からお目見えしたのが「オプション試算」という名の改革案だ。厚労省は試算に沿った改革案をまとめ、関連法案に昇華させる腹積もりでいる

 今回、最初に例示したのは厚生年金の適用拡大。モデル世帯の給付水準(中間的な経済前提のケース)は50・8%から最高で55・7%まで回復するとしている。給付水準の低い国民年金加入者1050万人が新たに厚生年金に移り、保険料収入が大幅に増えるためだ。また、現在40年間の基礎年金加入期間を「20〜64歳」(現在は20〜59歳)の45年間にすると、57・6%になる。両方を組み合わせると、最高で62・4%となり、19年度の61・7%を上回るという。

 厚労省は、この2つの改革案については5年前の財政検証でも同様の試算を示し、実現を目指した。だが、基礎年金の給付は50%が税金だ。給付を底上げすると、将来1・2兆円程度の財源が必要となる。財務省は反発し、結局尻すぼみとなった。厚生年金の適用拡大も、国民年金のパートを多く雇う業界などが反対に回った。厚生年金は労使で保険料を折半する。パートが厚生年金に移行すると、企業の保険料負担が跳ね上がるためだ。結局、適用拡大は大企業を中心に一部にとどまった。

 その状況に大きな変化はなく、次期制度改革でもこの2案は難航必至と見られる。基礎年金の加入期間延長は現実味に乏しく、厚生年金の適用拡大もどこまで広げられるかは未知数のまま。そうした中で今回新たに示されたのが、65歳以降も働き続けて年金の受給開始を遅らせる案だ。

受給開始年数の繰り下げ効果

 厚生年金に加入して保険料を納められる上限年齢(現在70歳)を75歳まで引き上げると、中間的な経済前提の場合、モデル世帯の給付水準は0・3ポイント増の51・1%となる。さらに、受給開始年齢の繰り下げを今の70歳から75歳まで繰り下げると、繰り下げによって増額される分が加わり、給付水準は95・2%までアップするとした。また、84年度生まれの人が今の61・7%の給付水準を維持するには、66歳9カ月で引退すればいい、との試算も公表した。

 中でも、受給開始年齢の繰り下げは、財源を必要とせず年金額を跳ね上げる効果が大きい。現行制度の下でも、受け取りを70歳まで繰り下げると、年金額は4割増える。これを75歳まで幅を広げる案は最も着手しやすい。厚労省年金局は「平均寿命が伸びている以上、受給開始を遅らせて年金額を上乗せするのは妥当」と説明している。ただ、受給開始を遅らせる分、受給期間は短くなる。平均寿命まで生きたとしても、生涯に受け取る年金総額に変化はない。

 こうしたマイルドな改革案が前面に出る一方で、高齢者に痛みを強いるマクロ経済スライドの強化は後退した。14年検証ではオプション試算のトップ項目だったのに、今回はオプション試算から外れ、「参考試算」としておまけのような扱いになっている。

 14年の検証を受け、厚労省はマクロ経済スライドの強化に着手しようとした。従来は、物価や賃金が下がるデフレ下では適用しない仕組みで、これまで2回しか実施されていない。これをどんな経済状況でもマクロ経済スライド実施で年金を減らす「フル適用」に変えようとしたのだ。ところが高齢者の反発を恐れた自民党が強く抵抗し、結局は中途半端な見直しにとどまった。デフレ下では年金カットを見送り、経済が好転した際に見送っていた減額分もまとめて引き下げる「キャリーオーバー」の導入だ。しかし、実現可能性に疑問符が付けられている。

 マクロ経済スライドをフル適用する効果は大きい。会計検査院によると、これまで毎年フル適用していたら計3・3兆円の国費が浮いていたという。19年の検証でフル適用の試算をおまけ扱いしたことについて、厚労省幹部は「キャリーオーバーとはいえ、既にマクロ経済スライドは強化した」と釈明しつつ、「政治の壁が厚いのは確かだ」と漏らす。今回の財政検証は、高齢層に切り込む年金改革の実現がいかに困難かを浮き彫りにしている。

 「制度改正を想定した試算が増え、時間がかかりました」。8月27日、検証結果を発表した厚労省年金局の山内孝一郎数理課長は、公表が8月末となったことを詫び、こう釈明した。

 過去2回の財政検証は、経済前提を定めた3カ月後に公表してきた。今年は3月に経済前提を決めたため、6月上旬に公表されるはずだった。自民党幹部は検証結果について「これなら想定内」と余裕の表情だが、「老後2000万円不足問題」がクローズアップされる中、野党は高齢者も働くことによって年金財政が保たれるとの試算を問題視し、「膨らし粉が効き過ぎている」(長妻昭・立憲民主党代表代行)などと反発している。財政検証の公表が参院選後にずれ込んだことについて、「政府は年金を政治問題化させないことを狙った」などと批判のトーンを高め、追及していく構えだ。

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