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未来の会

AIにはできない「有事再診」

AIにはできない「有事再診」

有事再診。この言葉を知ったのは、実は最近になってからだ。 

 私の医師としてのベースは精神医療だが、思うところあってここ数年、週に1度、総合診療科の外来で“見習い”をさせてもらっている。

 身体診察や診断から離れてあまりに長いので、患者さんの問診や診察をひと通り行い、検査などについてこの科の“先輩達(年齢は私より20歳くらい下だが)”に助言を求めて進めるOJT(on the job training)を受けながら、時間ができたら他のカルテを見せてもらうようにしている。

 そこで目についたのが、冒頭の「有事再診」という単語だ。

 説明の必要もないが、初診の患者さんが来た時、問診や身体診察、検査などを行って診断まで進め、必要ならば他科を紹介したり処方を行ったりする。

 その中には「不明熱」で受診したが、結局、他の疾患の可能性が否定され、一般的な感冒でしょう、と1度で終診となるケースも当然ある。

 しかしその場合でも、医師は「はい、これで終わり」とは言わない。

 これも当然といえば当然だが、「いわゆる風邪だと考えられるので、このまま熱も下がると思います」と見通しを伝え、その後で「でも、もし2日たっても熱が続いたり、今後、熱がいきなり高くなったりするようなことがあれば、すぐにまた受診してください」と付け加える。

 これが、何かあった時にはいつでも再度、受診するように促す、つまり「有事再診」だ。

再診を促すのではなく患者の背中を押す

 私がなぜこの単語に新鮮さを感じたかといえば、それは精神科では1度の受診で終診となるケースは極めて少なく、初診の終わりは「じゃ、来週またおいでください」という再診予約となることが多いからだ。

 もちろん、中には1度の受診で「治療の必要はないですよ」と終了することもあるが、私の場合、その時は「何かあったら、いつでもまたどうぞ」と再診を促すのではなく、「自信持ってくださいね」など背中を押すメッセージを伝えるようにしている。

 本人は「私はメンタル疾患では」と心配しながら受診しているので、「何かあったら」という言葉は「やっぱり私、“何かある”のかな」と不安を残すことになりかねないからだ。

 「なるほど、まさに“所変われば品変わる”だな」と同じ医療でも科によって文化が違うことを実感している中で、最近、興味深い記事を読んだ。

 それは、イギリスの国民保険サービス(NHS)とアマゾンが提携して、音声アシスタント「Alexa(アレクサ)」を利用した医療情報の読み上げサービスが開始された、というものだ。

 検索や家電の操作などでこのアレクサを既に使っている人もいると思うが、今回のサービスでは医療情報に特化し、かなり精度の高い情報が提供される仕組みが作られているようだ。これによって不要不急の受診をかなり減らせるはず、とNHSは見越している。

 もちろん、懸念される問題も多々ある。

 1つは診断に関わる問題だ。ユーザーが「熱が38℃あるんだけど」と話し掛ければ、アレクサは「冷たいタオルで額を冷やしてみましょう」と答えるかもしれない。

 しかし、それ以上、熱源は何なのか、熱発はメインの症状なのか、それとも他の多彩な症状の一部なのかなどといったことについての精査はできない。

 そして、最も問題なのが今回のテーマである「有事再診」のアドバイスができない、ということだ。

 外来では、普通の感冒で38℃の熱がある人には、前半に記したように「2日くらいで熱は下がるはずです。3日たっても38℃を下回らなければ再診してください」などと見込みや条件を付けて、再診を促すのが一般的だ。

 しかし、3日たっても38℃台の熱が続く人が、4日目に「アレクサ、まだ熱が38℃あるんだけれど」と話し掛けても、再び「冷たいタオルで額を冷やしてください」というアドバイスが返ってくるだけだろう。

 今後、さらにプログラムの精度が上がれば、「その熱は何日続いていますか」などとアレクサ側からの問い掛けがあり、「1週間続いている」などと答えたら、「すぐにクリニックに行ってください」と勧める、といった対応も可能になるかもしれない。

見極めや見通しは“人間の医師”の専売特許

 しかし今のところ、その人を見て緊急性を判断したり、その症状が疾患の全てなのか、より深刻な疾患の一部にすぎないのかを見極めたり、あるいは「何日くらいで治るはずだが、それでも駄目なら再診を」と今後の見通しを伝えたり、というのはやはり“人間の医師”の専売特許なのである。

 逆に言えば、これからAI(人工知能)医療がさらに進む中、私達“人間の医師”が生き残るためには、その見極めや見通し、未来についての適切な助言といったスキルを磨く必要があるといえる。

 目の前の患者さんの訴える局所的な症状に対して、最適の対処法を助言したり、さらには「では、この薬を」と薬剤を選んだりすることに関しては、膨大なデータを所有して、そこから判断を行うAIにはかなわない。

 私も、目の前の患者さんに対して、「とにかく1週間後に再診を」と機械的に伝えるのではなくて、「これこれこうなった時は再診してください」と適切な条件を提示して、再診を促すことができているだろうか。

 考えてみれば、精神科でも、もっと不要の再診を減らして、医療費や本人の負担を削減できるかもしれない。

 「あなたはもう受診の必要はないですよ。でも、もしこれが何日続いたら、あるいはこういう症状が出てきたら、その時はすみやかに再診してください」

 「有事再診」という4文字に含まれた深い意味と、それをきちんと伝えることの難しさを考えさせられているところだ。

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