政府の医療費抑制策の1つに、「予防」が据えられるようになった。官邸主導で、旗振りをしているのはヘルスケア産業の育成を目指す経済産業省だ。「安倍一強」の下、以前は経産省路線に否定的だった厚生労働省も官邸の意向には逆らい難く、経産省との連携を受け入れざるを得ない状況となっている。
7月21日投開票の参院選を手堅く乗り切った安倍晋三首相。記者会見で社会保障について「最大の課題は少子高齢化への対応だ」と意気軒昂に語った。厚労省の保険局OBは「ますます経産省路線に傾くのか」とため息をついた。
生活習慣病を予防し、医療費を削減することで公的保険制度も維持できる、それにはヘルスケア産業の振興が必要——。こうした姿勢の経産省について、厚労省は「民間に寄り過ぎ、公的保険制度を壊す存在」と捉えてきた。そうした中、経産省的な思考を厚労省内に持ち込んだのが、経産省の「スーパー官僚」とも呼ばれる江崎禎英・政策統括調整官だ。昨年6月、当時厚労相だった自民党の加藤勝信・政調会長に見込まれ、厚労省の幹部ポストを兼任することになった。加藤氏は「厚労省に化学反応を起こすことができる」と漏らしていたという。
予防医療について、医療経済学者の間では「医療が必要になる時期が遅くなるだけで、医療費は寿命が延びる分膨らむこともある」との見解が主流となっている。2006年の医療制度改革で、厚労省はメタボ対策などにより医療費を約2兆円抑制できるとしていた。しかし、当時、財務省から厚労省に出向していた村上正泰・山形大教授は退官後、2兆円には根拠がないと暴露。実際、直近に厚労省が算定した抑制効果は200億円(18〜23年度)へと縮んだ。一方で対策に要する予算は年間230億円というのが現状だ。
「カットとかではなく、明るい社会保障改革の議論を」(世耕弘成・経産相)という経産省路線に、真っ向から反論していたのは財務省だ。だが、官邸が国民に甘言を振りまける経産省路線に乗った以上、旗色は悪い。昨年11月の財政制度等審議会では、建議の原案にあった「予防医療による医療費削減効果には限界があり、むしろ増大させる可能性がある」との表記が削除された。「官邸に消費増税を人質にとられていたからね」。財務省幹部はポツリと語る。
建議の原案に貫かれていた財務省の考えは、「予防に医療費抑制効果はなく、医療費自体を削らなければ意味がない」だった。が、日本医師会は猛反発。それで一層、厚労省は身動きが取れなくなり、経産省に寄らざるを得なくなった。厚労省内には経産省路線に肯定的な幹部もおり、厚労省OBは「隔世の感だ」と嘆く。
「食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んで、糖尿病になって病院に入っている奴の医療費は俺達が払っている」。かつて麻生太郎・財務相はこう放言し、批判を受けた。それでも、予防を重視する流れが強まれば、個人の自己責任論が高まりかねない、と反経産省派の厚労省幹部は懸念する。「疾病には遺伝や育った環境も大きく影響する。個人が健康管理に熱心に取り組むのはいいことだが、国が旗を振ることには慎重になってもいい」。
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