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「最低賃金」引き上げで地域間格差は拡大

「最低賃金」引き上げで地域間格差は拡大
「全国平均1000円」の実現前倒しが焦点

2019年度の最低賃金(時給)の引き上げ額の目安が7月31日に決まった。全国の加重平均を27円引き上げ、901円を目安とする。初めて900円台を超え、中でも東京都と神奈川県は初めて1000円を突破する。

 政府は労働者の賃上げや消費の活性化に繋がるとして、官邸主導で継続的に最低賃金を引き上げてきたが、波及効果は非正規労働者などの一部に止まる。それに加え、上昇幅は3・1%と従来のペースと変わらず、一部で期待された大幅な「加速」はなく、課題とされてきた地域間格差の拡大に歯止めはかかっていない。

引き上げ率3%か5%で政府内対立

 今回の目安が決まるに当たって注目されたのは、上昇幅がどの程度になるかだった。安倍晋三首相は2015年、最低賃金を3%程度引き上げていく方針を示し、これに沿って3年連続で3%程度上がってきた。参院選を控える今年6月の骨太方針では、自民党商工族に配慮して数値目標の記載を見送り、「全国平均1000円をより早期に」達成するという表現に落ち着いていたからだ。

 そこに至るまでには暗闘があった。5月の経済財政諮問会議で、民間議員を務める新浪剛史・サントリーホールディングス社長が「最低賃金は従来の3%の引き上げに止まらず、インパクトを持たせるためにも5%程度を目指す必要がある」と主張し、菅義偉・官房長官も「私が言いたいことは全部言ってくれた。地方で所得を上げて消費を拡大することが大事だ」と追随した。

 一方で、世耕弘成・経済産業相や同じ民間議員の中西宏明・経団連会長が「中小企業・小規模事業者の現状では現行のペースが精一杯で、現実の地方の声は厳しい」などと反論し、政府内での対立が露わになった。このため骨太方針は「玉虫色の表現」(政府関係者)となり、具体的な上げ幅を読み取れないようにしたため、最終的に最低賃金がどの程度引き上げられるかに注目が集まっていた。

 政府内では当初、中小企業向けの支援策を集めた「政策パッケージ」を公表した上で、大胆に引き上げることも想定していたが、参院選など政治日程が立て込んでいたため、調整が間に合わなかった。結局、政策パッケージの公表は秋頃に持ち越されそうだ。ある厚労省幹部は「安倍晋三首相は直前まで菅官房長官が主張する5%の大幅引き上げに傾きつつあったが、側近の今井尚哉・首相秘書官に説得され、3%程度に落ち着いた」と解説する。経団連会長を務めた今井敬・元新日鉄社長を叔父に持ち、経産省出身の今井秘書官に軍配が上がった形になった。

 この幹部は「過去最大の上げ幅となる27円、初めての900円台、そして、東京と神奈川は1000円を超える。満点の回答ではないが、最低限度の責任を果たした。まあ、60点ぐらいはもらえるのではないか」と苦笑しながら、今回の舞台裏を明かす。

 菅官房長官は7月31日午前の記者会見で「可処分所得の継続的な拡大と消費の活性化に繋げていくことが極めて重要だ」と述べるに止めたが、最低賃金の引き上げ効果は限定的だ。内閣府の推計では、最低賃金の時給で働く人は2014年時点で約190万人にすぎない。その多くは飲食や小売、零細企業の製造業で働くパート労働者とみられ、九州地方で働くあるパート労働者の女性は「27円上がっても生活は変わらないので、楽になることはない」と漏らす。賃上げ効果も社会保険料の適用を逃れようと就業調整し、思うように進まない可能性もある。

地方経済や中小企業へダメージも

 地域間格差も依然として残る。最低賃金は、労使の代表や大学教授で構成する厚生労働相の諮問機関・中央最低賃金審議会の小委員会で、物価や所得水準などを元に都道府県をA〜Dの4つのランクに分けて目安を取りまとめるが、Aランクの東京や大阪、神奈川、千葉、埼玉、愛知は28円の引き上げ方針を示したが、Dランクの青森、岩手、秋田、山形、福島、鳥取、島根、徳島、愛媛、高知、佐賀、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、沖縄は26円に止まった。いずれも昨年度を上回ったものの、地域間での格差はさらに広がる結果となった。実に200円以上の開きが残ったままになる。

 最低賃金は学生アルバイトや外国人労働者といった全ての労働者に適用されるため、地域間格差が拡大したままでは新たに受け入れようとしている外国人労働者は賃金水準の高い都市部へ集中する可能性が懸念されている。地方経済の縮小に繋がりかねない。近年、自民党や政府内で最低賃金の全国一元化を求める声が強まっているのは、こうした背景があるからだ。

 しかし、厚労省内では「一元化は大事な議論だが、物価差を考慮すれば導入するのは難しい。現状のやり方で地域間格差を狭めていくしかない」という消極的な意見が大勢を占めている状況だ。外国人との受け入れ策との整合を、早晩求められる時期が来るだろう。

 経営者側も対応を迫られる。従業員数では全体の約7割を占める中小企業について、政府内では「引き上げた最低賃金すら払えない中小企業は退場し、生産性の向上を図るべきだ」と過激な意見も出ており、生産性の向上に対する支援策の充実は待ったなしだ。12年末に第2次安倍政権が発足してからの引き上げ額は125円に達しており、今回を加えると150円を突破する。

 特にコンビニ業界や介護業界などはパート労働者などを最低賃金で雇っているケースがあり、直接的な影響は大きい。コンビニ業界ではセルフレジを導入するなど店舗運営の効率化を図る。介護業界でも、介護ロボットの活用や事務作業のICT(情報通信技術)化によって生産性の向上を図る動きがあるが、コンビニ業界同様、その動きはまだ乏しい。あるコンビニ店主は「経営する側としてこれほどの引き上げは正直、頭が痛い」と漏らす。

 ただ、国際的にみても、日本の最低賃金の水準は低いと言わざるを得ない。労働政策研究・研修機構によると、18年調査で日本はドル換算で7・7㌦。物価や貨幣価値などが異なるため単純な比較はできないものの、フランスの11・7㌦、イギリス・ドイツの10・4㌦に比べると、7割程度に止まる。

 このため、安倍政権は低賃金による消費の伸び悩みを防ごうと最低賃金の引き上げに躍起になってきた経緯がある。経済的な理由で結婚や出産を諦めてしまう人もおり、賃金の底上げは少子化に歯止めをかける効果も期待される。今のペースで引き上げが続けば、全国過重平均で1000円を突破するのは23年度までかかる見通しだ。これをいかに前倒しできるかが、今後の最低賃金引き上げの最大の焦点となるだろう。

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