参院選が終わり、令和初の夏を迎えた。巷の関心は来年の東京五輪・パラリンピックに移り、一見、平和然としているが、日米貿易交渉など難しい外交問題はこれから正念場を迎える。来年1月の台湾総統選を巡り、米国と中国の対立が再燃するのは必至とみられており、東アジア情勢も混沌としてきている。米国のトランプ大統領に振り回される安倍晋三首相は外交問題で難しい対応を迫られそうだ。
「日本が自由で公正な貿易のリーダーシップをとろうと準備を重ねてきた20カ国・地域(G20)首脳会合は、〝トランプ台風〟のお膳立てになってしまった。安倍首相が注目されたのは、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領との会談をボイコットした話ぐらい。開催の前後を含めて、トランプ大統領の独演会だった」
外務省関係者がため息まじりに話すように、今年、最大の外交イベントだったはずのG20大阪サミットはトランプ大統領に席巻された。しかも、その言動は、いずれも日本に不利益をもたらしかねないセンシティブな問題であり、安倍首相にとっては悪夢の連続だったはずだ。
盤石なはずの日米同盟にほころび?
悪夢はトランプ大統領の来日直前の発言から始まった。
「日本が攻撃された時、米国は第3次世界大戦を戦い、猛烈な犠牲を払うことになるが、米国が攻撃されて救援が必要な時、日本はソニーのテレビで見物するだけだ」
「日本の安保ただ乗り」はトランプ大統領の持論であり、大統領就任前はよく口にしていた。しかし、国際会議の直前に、ホスト国に対して言及するのは尋常ではない。日本はちょうど参院選を控えた時期。「日米安保条約の改定」という、日米同盟の土台の変更を持ち出した発言は、政権与党に不利益をもたらしかねなかった。菅義偉・官房長官は記者会見で「日米同盟は我が国の外交安全保障の基軸だ」と木で鼻をくくる受け答えだったが、与党内はざわついた。
「安倍首相は日米同盟はかつてないほど盤石だと自慢しているが、どこが盤石なんだ。『安保条約を改定し、米国と一緒に戦争する国になるのか』と、支持者からお叱りを受けている。トランプ大統領の独断だと説明しても、『安倍首相とトランプ大統領は親密なはずだ』と疑われる。迷惑千万だ」。安全保障問題に敏感な公明党からはそんな声が漏れた。
トランプ発言の真意を、安倍首相は貿易交渉でより多くの譲歩を得るための策略と読んでいるという。「トランプさんの唐突な発言はもう慣れっこだしね。今回もビックリ仰天という訳ではない。安保改定も本気でそれを意図したのではなく、交渉材料の一つということだろう。やっかいだけどね」。安倍首相に近い自民党中堅議員はそう解説する。
トランプ大統領の発言の特徴は、狂気をはらんだあり得ない発言を繰り返すことで、相手に譲歩案、妥協案を用意させる「マッドマン・セオリー(狂人理論)」にあると分析されている。一喜一憂しては、思うつぼなのだ。しかし、世界のスーパーパワーである米国のトップの発言であるから、疎かにもできない。発言の振幅や色彩変化を読み取り、柔軟に対処するよりほかないのだ。
ただ、トランプ大統領が経済と安保を同列に扱い、日米安保を取引材料に持ち出したことの意味は小さくない。日米安保、日米同盟は日本の内政・外交上の多くの政策の大前提となっているからだ。米国の経済利益のためには、一国の基盤でさえただの取引材料にすぎないというのなら、日米の信頼関係は崩れていると言わざるを得ない。トランプ発言は、中国や北朝鮮にはさぞ心地良かっただろう。
参院選で日米安保は大きな争点にならなかった。しかし、トランプ発言を契機に、日米安保を巡る政治論争が再燃の気配を見せている。日米同盟を破棄し、再軍備のための憲法改正を求める右派や米国依存から脱却し、全方位の平和国家を志向する左派の主張がネット上で散見されるようになった。安倍首相の唯一の外交上の成果だった日米蜜月はほころびを露呈した。「日米同盟はかつてないほど強力だ」との安倍首相の主張はすっかり色褪せ、政権運営の新たな不安材料になりつつある。
トランプ台風は2次被害ももたらした。G20大阪会議の直後、トランプ大統領は北朝鮮に飛び、金正恩・朝鮮労働党委員長と南北軍事境界線上の板門店で、事実上3回目となる首脳会談を行った。突飛なトランプ流には、金委員長も驚いたようだが、会談内容も日本の外交筋を仰天させるものだった。現職の米国大統領が国境を越えて、北朝鮮を歩いたという 「映像効果」もそうだが、トランプ大統領が「将来の核開発には上限を設けるが、北朝鮮を核保有国として認める」と示唆したとのニュースが米国経由で飛び込んできたのだ。
日本政府は、この首脳会談で拉致問題や日本を狙ったミサイルの放棄など日本の要求も伝えられたと主張しているが、海外メディアには「トランプ大統領は、北朝鮮が全ての核兵器とミサイル、製造手段を実際に放棄するまでは要求しないとほのめかした」と報じているものもある。いずれにしても、これまでの計画よりはるかに後退した核開発凍結案が示された可能性が高い。
北朝鮮はしたり顔だ。朝鮮中央通信はすぐさま、G20で日本が北朝鮮に対する制裁決議の完全な履行を呼び掛けたことを取り上げ、その直後に米朝首脳が板門店で会談を行ったことで、安倍首相が「国際的な物笑いの種になった」と名指しで批判。さらに、「我が国を中心に展開されている首脳外交の場に日本は加わることができていない」などと指摘した。北朝鮮の挑発的な言動は認め難いが、トランプ大統領の電撃訪朝は安倍首相にとっては悪夢だったに違いない。
外交問題に詳しい自民党幹部が語る。
「トランプ被害は確かにある。安倍首相がこけにされた面もある。しかし、来年の米大統領選という特殊事情があるから、ここは我慢だ。会談の頻度を考えれば、安倍さんとトランプさんの関係は大丈夫だろう。ホットラインは繋がっている。難しいが何とか乗り切るしかない」
総統選巡る危機高まる台湾情勢
東アジアにおける米国の最大の関心事は来年1月の台湾総統選であり、北朝鮮問題は二の次だという。香港のデモの影響で、台湾ではかつてないほど独立志向が強まっており、台湾危機が現実味を帯びてきている。強硬なトランプ大統領が米中経済紛争の一事中断や北朝鮮への懐柔策に踏み切ったのは、台湾問題を見据えての判断との見方もある。台湾とも関係の深い日本は、トランプ大統領と、やっと来日を実現させた中国の習近平・国家主席の間で、厳しい選択を迫られることになる。令和外交は来年にかけ、紛争の危機もはらむ難しい局面を迎える。
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