「核・生物・化学・放射性物質・爆発物」災害に備える
今年9月開催のラグビーワールドカップ(W杯)、2020年開催の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、日本医師会(日医)とNPO法人NBCR対策推進機構は5月、東京・文京区の日本医師会館で「危機管理フォーラム2019 テロ・災害と医療対策」を開いた。ロビーでは防護資機材の展示も行った。
フォーラムでは、テロや災害で問題となるN(核)、B(生物)、C(化学)、R(放射性物質)の頭文字を取った「NBCR災害」、あるいはE(爆発物)を加えた「CBRNE災害」への備えをいかに進めるべきかが議論された。
最初に、日本医師会常任理事の石川広己氏が「テロ・災害と医療対策;マス・ギャザリング対策」をテーマに登壇、「想定外」をなくしていくことが大切だと指摘した。16年の熊本地震では、1回目よりも2回目の揺れの方が規模は大きく、被害を大きくした反省があった。その後、気象庁は揺れが小さい印象を与える「余震」の表現を使わなくなった。災害で起こる不測の事態を念頭に、津波、建物破壊、災害関連死などの対策を進めるべきだとした。
特に大きなスポーツの大会などで1000人以上が同一時間、同一地域に集合する「マス・ギャザリング」の状況での災害の危険性について言及。パニック状態も加わり死傷者が増える点に注意すべきだと説明した。
フォーラムで焦点となったCBRNEテロについては、いざ起こった時に一般の病気と誤認する可能性があり、中核の医療機関ばかりではなく、クリニックをはじめ一般の医療機関も認識しておく必要があると述べた。
日医では、地域包括ケアシステムの中で臨機応変に対応できるよう02年のワールドカップサッカー開催以降、CBRNE関連研修を開催するなど、対策を進めていると説明。災害対応の医療チーム「JMAT」を組織したり、救急災害医療対策委員会を開いたりするなど対応を強化しているという。さらに、危機に強い「レジリエンス(回復力、適応力)」の能力を高めたいとした。
防護資機材などの備えが大切
次いで、「CBRNEテロ・災害と医療対策に必要な資機材」をテーマに日医救急災害医療対策委員会委員長の山口芳裕氏(杏林大学主任教授・高度救命救急センター長)が登壇。特に大きな外傷を負った時に使われる止血帯「ターニケット」の重要性を解説した。ターニケットは一般名詞で、軍隊などで使われてきた。通常の外傷では体腔内の出血が多いが、テロなどの被害で起こる出血は四肢からの出血が多く、血液が失われるスピードが速いことが問題になると指摘。通常の外傷では45分以内に止血を完了するのが心臓の機能を維持させるためには大切だが、テロなどで受ける外傷では7〜8分以内に止血する必要があるとした。
こうした場合に効果を発揮するのが、四肢の出血を止めるターニケット。腕や脚を強力に締め付けるものだ。大出血の時に出番となる。軍隊用は目立たないよう黒い色であるが、医療用や練習用はそれぞれ目立つ赤と青。また、阻血時間を知るため付属のタイムストラップに時間を記録するのが大切となる。そうした基本的な使い方を認識してほしいと訴えた。
NBCR対策推進機構特別顧問の伊藤克巳氏(元東京消防庁防災部長)は「企業はCBRNE災害に対応するためどのような資器材が必要か」をテーマに説明。地下鉄サリン事件について、当時は有毒ガスが発生しているという発想がなかったと振り返った。その上で、東京都の一般歳出に占める防災資機材向けの支出割合は0・72%と紹介し、企業でも同程度を費やしてもよいのではと提案した。資機材としては「多用途連接通信装置(AJICS)」「IP無線機」と呼ばれる通信機材の他、有毒ガス発生に備え、検知器材や除染設備、予備電源や予備照明が有用だと述べた。
爆発物やバイオテロに新たな動向
総合安全工学研究所事業部長の中村順氏は「爆発物テロ災害等に必要な対処資機材について」話した。愛知県の大学生がETN(四硝酸エリスリトール)と呼ばれる軍用の火薬を製造する事例を報告。組織との連携もしていない若者が単独でテロを起こす可能性が出ていると注意を促した。スリランカで今年4月に起きた自爆テロも血縁者を中心とした若者らが繋がったものだったと紹介。暗号化ソフトを使い、ネットで情報交換をしていたと説明した。また、製造阻止のために原料の規制が大切と強調し、日本では対策が強化されていると話した。
最後に登壇した防衛医科大学校防衛医学研究センター長兼分子生体制御学講座教授の四ノ宮成祥氏は「テロを含むバイオ災害の可能性と対策」のテーマで、生物テロに使われる病原体について説明した。1970年代には様々な病原体や自然毒がテロに使われてきた。イラクのフセイン政権や南アフリカ、旧ソ連などで、ボツリヌス毒素や炭疽菌、ペスト菌、天然痘などが開発され使用されたという。
ブルガリアの反体制派作家・ジャーナリストのゲオルギー・マルコフ氏が78年、トウゴマから抽出されたリシン(毒タンパク質)によって暗殺された。ソ連(現ロシア)のスヴェルドロフスク(現エカテリンブルク)では79年に炭疽菌が漏出した事故があり、少なくとも64人が死亡。「生物兵器版のチェルノブイリ」と呼ばれたという。当時は食中毒だとされたが、後に事故だと発覚したものだ。
米国での対策についても紹介した。特に、80年代の「ラジニーシ教団」という組織が起こした飲食店のサラダバーへのサルモネラ混入事件、01年の米国同時多発テロでの炭疽菌によるバイオテロの影響が大きかったと述べた。同時多発テロでは1週間のうちに17人が発病、5人が死亡するに至った。米国では01年に米国愛国者法が制定され、米連邦捜査局(FBI)の捜査権限が強化された。04年制定のバイオシールド法によるワクチンや抗体などの医薬品の調達も行われるようになった。
さらに、最新の動向としては、人工合成によりバイオテロに使われる病原体を合成できるようになってきている。02年にはポリオウイルスが人工合成された他、1918年から19年にかけ世界的に流行したスペイン風邪ウイルスの人工合成も成功していると紹介した。また、互いに類似しているワクシニアウイルスから馬痘ウイルスを作ることも可能になっており、同じく類似するヒトの天然痘ウイルスも作れる見通しだと説明した。
CBRNE災害の中身も変化しており、新しい動向に関する知識を得ておくことが重要だ。
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