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未来の会

「70歳定年制」で社会の貧困化・少子高齢化は治癒不能

「70歳定年制」で社会の貧困化・少子高齢化は治癒不能
低賃金労働者がさらに増え賃金水準は確実に下がる

政府は5月15日、「高年齢者雇用安定法」の改正案概要を発表した。ポイントは、「70歳まで働く社会」にすること。同日に開催された「未来投資会議」でも、「元気で意欲ある高齢者に、その経験を社会で発揮してもらえるよう70歳までの就業機会の確保に向けた法改正を目指す」との方針が打ち出されたという。

 現行の同「安定法」は2012年の改正により、継続雇用制度の対象者を限定できる仕組みの廃止などで、65歳までの雇用を確保しようとしたが、これを70歳まで延長するという内容だ。そのために70歳までの就業機会確保に向け、定年廃止や延長、継続雇用制度の導入、他企業への再就職などを例示している。

諮問機関にパソナ・竹中氏の利益相反

 だがこの諮問機関には、例によって経営者と人畜無害の御用学者ばかりで労働者代表すらいない。おまけに、「学者」とは名ばかりの「政商」・パソナグループ取締役会長の竹中平蔵が、ここでも既得権のように議員として顔を出している。いかにもパソナあたりが「ビジネスチャンス」とばかりに飛び付きそうな案件で、これほど露骨な利益相反が相変わらず堂々とまかり通っていること自体、「高年齢者雇用安定法」改正の胡散臭さが最初から分かろうというものだ。

 この「70歳まで働く社会」の表向きの説明によれば、「少子高齢化で労働者の確保が難しくなる中、高齢者がより柔軟に働ける場を確保」し、「増え続ける社会保障費を抑制する狙い」(『東京新聞』5月16日朝刊)があるという。だが、こうした言い分がまともに受け止められるのか。

 確かに人手不足は深刻で、有効求人倍率だけを見ればバブル期を越えた。帝国データバンクが昨年10月に発表した「人手不足に対する企業の動向調査」によれば、52・5%が「正社員が不足している」と回答。

 また、同年7月に商工中金が実施した「中小企業の人出不足に対する意識調査」でも、実に65・1%の回答企業が「大幅に不足」「やや不足」と回答している。7年前の同じ調査ではわずか14・6%だったというから、問題の急増ぶりが分かろうというもの。

 この人手不足の原因については、誰しも思い浮かべるのは少子化だろう。日本の出生率は1971年以降、右肩下がりで減少を続け、国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2065年の人口は15年比で3割減の8808万人程度となる。昨年度は15〜64歳の生産年齢人口の総人口に占める割合は、ついに1950年以降の最低水準を記録した。

 それへの手っ取り早い対処法とばかりに、首相の安倍晋三が打ち上げたのが「一億総活躍社会」だの「働き方改革」といった空疎なスローガンで、今回の「70歳まで働く社会」もその一環として考えられる。要するに、「人手が足りないなら高齢者を使えばいい」という発想だ。また、破綻が迫っている年金制度に関しても、高齢者に働いてもらって制度を支えたいという思惑もあるだろう。

 だが、これでは仮に一時的な対症療法になったとしても、少子化そのものに対しては手付かずとなる。それどころか、「70歳まで働く社会」がますます少子化を治癒不能にしかねない可能性をはらんでいる。

 そもそも、少子化の根本的な要因として、貧困化のため結婚したくとも結婚できない若者が増え、結婚したとしても、女性が安心して育児と仕事を両立できる社会にはなっていない現状がある。

 特に歴代自民党政権が財界の意向を汲んで進めてきた非正規雇用の増大と格差社会化が、若者を直撃。2015年の段階で、25歳から34歳の世代では24・3%が本人の意思に反して年収が正規の6〜7割程度しかなく、身分も不安定な非正規雇用に甘んじている。こうした傾向はさらに顕著となり、同年の国勢調査では30代前半の男性47・1%、女性の34・6%が未婚だが、各種の調査では十分な収入が得られない非正規雇用の増大と未婚者の増大が、明らかにパラレルとなっている。

高齢者は「安く使える労働力」か

 厚労省の12年の調査では、何らかの雇用確保措置を導入している企業は97・3%。このうち、定年年齢を引き上げているのはたったの15%程度。残りの8割以上は、賃金水準などを変更した上で雇用契約を結び直す「継続雇用」で対応していた。その上、「高年齢者雇用安定法」の今回の改正によって、事実上の“70歳定年制”になったらどうなるのか。

 内閣府の調査では、現在の60歳から64歳までの就業率が、65歳から69歳までに拡大した場合、就業者は217万人増大するという。だが、終身雇用制度が崩壊しつつある現在、60歳の求人などろくな賃金条件でしかないのに、65歳以上となればなおさらだ。

 結局、「65歳定年制」の現状を踏まえるならそれが「70歳」になっても、高齢者雇用指数が14年連続で上昇している現在、低賃金の労働者がさらに増え、社会全体の賃金水準が確実に下がる方向に働く。

 その結果、若者の貧困化をさらに促すことはあっても是正には作用しないから、ますます結婚できない男女の数は増え、少子化の傾向は止まらない。すると、また「人手不足」が深刻になるという悪循環が続く。

 経済協力開発機構(OECD)が昨年12月に発表した新報告書『生涯を通じたより良い働き方に向けて:日本』では、日本がOECD諸国で最も高齢者の就業率が高い国の一つでありながら、日本的雇用慣行で質が低く、不安定で、賃金の低い非正規雇用者として再雇用されるケースが多いと指摘。そのため、「まだ働きたいと思っている高齢労働者は非正規契約よりも良い待遇を受けるに値する」と提言している。

 こうした提言に対しては、竹中平蔵を筆頭に日本経団連あたりから「雇用する高齢者を多く抱えたら人件費がかさみ、企業の活力が失われる」といった反論が出ることが容易に予想されよう。だが、資本金10億円以上の大企業(金融・保険を除く)の内部留保が425兆円にも達し、これまで最高額を更新し続けている。

 しかも、この20年間の時給で見ると、「強欲資本主義」の牙城である英国では87%アップし、米国ですら76%のアップだ。フランスは66%、ドイツは55%とやはり増大しているが、日本は何とマイナス9%という異常値を示している。

 そうした労働分配率など最初から気にも留めない財界だからこそ、高齢者は「安く使える労働力」でしかない。「70歳定年制」になってもさらに社会全体が貧困化し、少子化が進行する所以だ。自分達の目先の利益しか関心を示さない財界がもたらす害悪は、少子化という絶望的な形で確実にこの国の未来を危うくしているのは間違いない。

 そもそも、60代半ばを過ぎてもまだ働かねばならないような社会に生きて、人間は幸福なのか。新たに叫ばれ始めた「70歳まで働く社会」とは、喫緊に対処すべき根源的な課題を突き付けている。   (敬称略)

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