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医師の偏在を解消し「国民皆医療」を実現 ~緩やかなマッチングで地域医療の崩壊を防ぐ~

医師の偏在を解消し「国民皆医療」を実現 ~緩やかなマッチングで地域医療の崩壊を防ぐ~
邉見公雄(へんみ・きみお) 1944年旧満州国三江省(現・中国黒竜江省佳木斯)生まれ。68年京都大学医学部卒業。70年大和高田市立病院外科医員、72年京都大学医学部附属病院第二外科医員、78年赤穂市民病院外科医長、87年同病院長、2009年同名誉院長。全国自治体病院協議会名誉会長、地域医療・介護研究会JAPAN会長、全国公私病院連盟副会長、日本専門医機構理事、ペッツ・フォー・ライフ・ジャパン名誉理事長、日本病院会参与など役職多数。

医師の偏在を解消しなければ、いずれ地域医療は立ち行かなくなる。既に医師不足によって、周産期医療や救急医療などが十分に行えない医療圏がいくつも存在する。我が国には国民皆保険制度はあるが、国民全てに等しく医療が提供されているわけではない。地域医療を再生させるための道のりについて、全国自治体病院協議会の会長を長く務めてきた邉見公雄氏に聞いた。


——医師の働き方改革の地方医療への影響は?

邉見 心配です。様々な影響がありそうですが、明るい見通しの影響ではありません。本来なら、医師の働き方改革をやる前に、医師の偏在対策を先にやっておくべきだったと考えています。医師の働き方については、私は実は前世紀から関わっているのです。厚生省と労働省が一緒になったのが2001年ですが、その前から参加していた審議会がありました。過労死などの問題があって、医師の働き方についてはいろいろ議論されていたわけです。しかし、厚生労働省ができた時、医師の働き方に関する問題は全て解決して終了すると思っていました。厚生省が医師の問題を扱い、労働省が働き方の問題を扱うのですから、これで全てがうまくいくのだろうと思っていたのです。ただ、実際にはそんなふうにはなりませんでした。厚生労働省になってからも、医師の働き方については何もしてこなかったのです。2つの省庁が合併はしたけれど、縦割りはそのままだったわけです。

——医師の働き方改革はうまく進むでしょうか。

邉見 現在、約2万人の医師が働き過ぎの状態にあるわけで、この2万人を5年間でゼロにしなければなりません。5年間は待つことにしたけれど、次は絶対に待ちませんよ、ということだから大変です。医師の働き方改革は、医療の質やサービスの質など、何かを犠牲にしなければ実現しないでしょう。実際、皆が困るのです。病院も困るし、働いている医師も困る。この時期に症例をたくさん経験して、腕を上げようと考えている医師もいますからね。もちろん、医療の質が下がれば、地域住民も困ります。こんなことをしていいのだろうかと思いますね。働き方改革については、厚労省の担当者もオフレコのアフターファイブでは「人は一生のうちに1回くらいは、死ぬほど働かなければ一人前になれない」と言っています。確かにその通りだと思いますよ。

医師の偏在と新専門医制度

——日本専門医機構の理事に就いていますが、新専門医制度についてはどう考えていますか。

邉見 新専門医制度に私が期待していたのは、総合診療医の養成と国民に分かりやすい専門医制度ができることです。医学や医療がどんどん進歩して複雑になり、それぞれの分野の専門医ばかりになってしまったら、地域医療は困ってしまいます。それで、総合診療を専門的に行う医師を作ろうというのが、私が新専門医制度に期待した点です。もう1つは、訳の分からない専門医がいくつもできていたので、これを整理しなければいけない、というのもありました。

——総合診療専門医を志望する医師が予想以上に少なかったようですが。

邉見 昨年が183人で、今年も200人に達しないようです。いろいろ原因はあるのですが、1つにはどこが主導するのかといったことが問題になったことなども関係しています。他の18の基本領域は学会主導でプログラムも決め、学会に任せる形になっています。ところが19番目の総合診療専門医だけは、いろいろ反対もあって、日本プライマリ・ケア連合学会がやるのか、どこがやるのか、ということで揉めたわけです。日本医師会にはかかりつけ医制度があるし、日本内科学会は総合診療専門医ができることで、学会員が減ってしまうのではないかという危機感を持っていたと思います。そんなことがいろいろあって、新専門医制度の目玉だったはずの総合診療専門医が、残念ながらあのような状態になっているわけです。

——新専門医制度は医師の偏在問題にどのような影響があるでしょうか。

邉見 昨年、医師法と医療法が改正されて、医師が過剰な地域、まあまあ足りている地域、医師が少数な地域という3つに分けることになりました。医師の偏在が見える化されたわけで、そうなった以上、日本専門医機構が上限を設ける必要があると思っています。医師が多い地域には、もうこれ以上プログラムを認めないとか、そういった形で上限規制していくことが期待されています。

緩やかなマッチングが必要

——医師の偏在が深刻ですね。

邉見 国民皆保険はありますが、国民皆医療は存在しません。お産ができない、手術ができない2次医療圏が少なくとも2桁はあると思います。

——偏在解消のために何が必要でしょうか。

邉見 私は厚労省の「医療従事者の需給に関する検討会」のメンバーでしたが、その子会議の「医師需給分科会」には参加していませんでした。この分科会が2016年6月に「中間とりまとめ」を出しています。そこには、14項目から成る医師偏在対策がまとめられていて、8項目目に「管理者の要件」というのが入っています。「医師の少ない特定地域・診療科で一定期間診療に従事することを、病院、診療所等の管理者の要件とすることを検討する」という内容です。つまり、医療機関の管理者となるには、ある一定期間、医師不足の地域の医療機関や、指定された診療科、例えば救急、小児科、産婦人科などで診療を行った人でなければならない、というわけです。病院長になろうという人も、診療所を開業しようという人も、医師不足の地域や診療科で診療を行うことが要件となります。この中間とりまとめが出た時には、全国医学部長病院長会議、四病院団体協議会、日本医師会が一緒に緊急記者会見を開き了承しますと。

——その後、どうなったのですか。

邉見 この「管理者の要件」が通ったことで、開業するには医師不足の地域に行かなければならないわけで、医師の偏在はかなり解決するはずだと思っていました。ところが、塩崎恭久・厚生労働大臣の時代に、「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」というのができ、ここが医師の偏在問題も扱うようになって、結局、管理者要件が消えてしまったのです。非常に残念です。このビジョン検討会、私は「ドラえもんのポケット委員会」と呼んでいます。実際にはないものを、さもあるかのように次々と出してくる。例えば、タスク・シフティング(業務の移管)すれば、医師をもっと減らせるといった話です。フィジシャン・アシスタント(PA、医師の監督下で手術や薬剤の処方などの医療行為を行う専門職)がアメリカに約20万人います。厚労省は日本で特定行為ができる看護師を10万人作ると言っていましたが、やっと1000人を超えたところで、数が全然足りていません。それに、看護師にタスク・シフティングするといっても、看護師の働き方改革も始まるのですから、そんなことは無理に決まっています。

——医師の偏在を解消するには、何か条件を付けて管理する必要があるのでしょうか。

邉見 プロフェッショナル・オートノミー(専門職の自律性)の名の下に、日本の医者は好き放題ができる状態です。しかし、どこの国の医師にも、それなりの規制はあります。例えばアメリカなら、この州に脳外科医は何人と法律で決まっています。学会が決めている国もあります。この地域はお産がこのくらいあるから、産科医は何人と決められているのです。日本の医師は、誰もが好きな場所で何科の診療でも始めることができます。私が明日から銀座でビル診の皮膚科を開業してもOKです。

——緩やかな、というのがポイントですね。

邉見 そう、強制するのは無理ですからね。例えば、教員は都道府県が採用したら、希望通りの地域に赴任できるわけではありません。最近は女性の校長も増えていますが、あの人達も若い頃に僻地に赴任しているんです。警察官もそうです。キャリアアップのためにある一定期間僻地に行くというのは、教員や警察官では以前からやっていますが、都道府県職員だからできるので、そのまま医師に当てはめるのには無理があります。やはり、緩やかなマッチングを考えるべきだと思います。

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