先日、個人的にとても驚いたことがあった。この驚きをうまく文章に表現できるかどうか分からないが、個人情報や診断名に当たる部分は改変しつつ、アウトラインを書いてみることにする。
診療所の各科共通で使っているバックヤードに行くと、研修医が熱心にパソコンの画面を見ていた。
「何を調べているの」と声をかけると、「マイコプラズマ肺炎かもしれない患者さんを診て」と答えた。症状からマイコプラズマ肺炎を疑い、採血をして血清抗体価をオーダー。
残念ながら、喀痰の迅速検査キットが当診療所には備えられておらず、血液検査の結果が出るまでには時間を要するため、胸部レントゲンとCTを撮って、もし疑い濃厚なら治療を開始しようと考えたそうだ。
「なるほど。きちんと診断推論しようとしているんだね」と評価しつつモニターをのぞき込むと、胸部CTの横断面の小さな画像が何十枚も並んでいる。
「え、これ全部ご本人のではないよね?」と尋ねると、「全部マイコプラズマ肺炎のCT像なんですよ」とのこと。そういうデータファイルがあるそうなのだ。右側にある別のモニターに大きく表示されているのは、その患者さんのCT像であるようだ。
「えーと、この人のCT、こっちのモニターの1番、4番、5番、8番から10番のCTとすごく似ているでしょう。ということは、6割の一致率だからマイコプラズマの可能性が結構ありますよね」
「えっ」と私は思わず声に上げて驚いた。
マイコプラズマ肺炎のCT像といえば、教科書的に「気管支壁の肥厚」「気管支血管束に沿った浸潤影」などと覚えた記憶があり、まずは患者さん自身の画像から、それが認められないか、じっくり探す。それが一般的なやり方だろう。
AI診断を彷彿させる“似たもの探し”
ところが、その20代の研修医はそういうやり方ではなくて、マイコプラズマ肺炎と既に診断が確定されている患者の多数のCTデータの中から、今診ている患者さんの画像に“似ているもの”を選び、「〇割の一致率だから可能性が高い」という方向で考えようとしているのだ。
「いや、そういう“似たもの探し”のようなやり方ではなく、まずはじっくり今日撮った画像を読影して……」と言いながら、「待てよ、AI診断ってこういうことなんじゃないか」と思った。
もちろん、AI診断にもいろいろなやり方があるだろうが、例えば肺がん検診ならその人のレントゲンとプールされている肺がん患者の画像のデータとを突き合わせ、同じような場所に同じような形の陰影があれば「この人も肺がんの可能性あり」とするのだろう。
だから、AI診断の場合はプールされているデータが巨大でなければ、精度を上げることができない。それが何万人もの肺がん患者のレントゲン画像があるとなれば、「だいたいこの画像と同じ」として異常を発見できる可能性もぐっと高まるわけだ。
「うーん、まずはそうやってデータをスキャンするようにして一致率を把握して、そこで診断の当たりを付けてからじっくり読影する、という方法もあるかもね。でもそれってAIみたい」と言うと、研修医は「AIのように精密」と褒められたと勘違いしたのか、「いやあ、それほどでもないですよ」と照れていた。
考えてみれば、検索エンジンの「画像検索」というのも、これと同じ仕組みを使っている。今は「このキャラクター、何だっけ? 名前を思い出せないな」と言いつつも、イラストを直接検索するシステムがあるが、そうするとそれと似た特徴を持った写真やイラストが山のように出てくる。
そこからは、自分の探しているものと一致するものがあるかどうかをチェックし、あった場合は元のサイトに飛ぶと、その名前なども書かれている。「なるほど、私が気になっていたこのキャラクター、グーフィーっていうのか」と情報を得ることができるのだ。
おそらく30代までの読者は、「どうしてそんな当たり前の話をしているの?」とあきれているのではないか。
昔ながらのやり方ではAIに勝てない
しかし、40代以降の人の多くは、「へー、今の人達は自分の目がデータをスキャンするカメラのようになっているんだ」と、私のような驚きを感じていると思われる。
結局、研修医の診ていた患者さんはその後、血清補体価などの結果からもマイコプラズマ肺炎で間違いない、ということになったようだ。
確定診断を待たずに、臨床所見と画像から診断の当たりを付け、マクロライド系の抗菌薬で治療を開始したのは、正解だったのだ。
「でも」と私には疑問が残った。この若い医師は今後も、「この疾患かな」と疑ったらレントゲンやCTを撮り、その病名の画像データと対比させて「ここには似ているのが2割しかないから、多分違う」と考え、また別の疾患の画像データと比べて……というのを繰り返して診断を絞っていくのだろうか。
おそらくそのやり方は、まさしくAIが得意とするところで、オリジナル画像をいくつもの病名の画像データと一瞬のうちに対比させ、「一番一致率が高かった疾患はこれです」と結果を表示してくれるのだろう。
今にAIが医療の場にもっと導入されたら、不要になる医療従事者も出てくるといわれている。それを防ぐために「昔ながらの1枚の画像をじっくりと読影して所見をまとめ、診断に近づいていく」というやり方を続ければ、AIに勝てる、というものでもない。
自分でも気付かないうちに“AI化”している若い研修医とのやり取りで、実にいろいろなことを考えさせられた。
私自身はまだ“AI化”していないようだが、それが良いことなのかどうかも、ちょっと分からなくなりつつあるのである。
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