人工透析と延命の問題に一石を投じる
東京都福生市にある公立福生病院が人工透析治療を中止し、女性患者が死亡していたことを毎日新聞が大々的に報じ、東京都や日本透析医学会などを巻き込む大問題となっている。人工透析治療を受けている患者は「終末期」に当たるのか、専門家間でも見解が分かれる中、報道は高齢化を背景に増え続ける人工透析と延命の問題に一石を投じたといえる。
「医師、『死』の選択肢提示」「死の直前生きる意欲 夫へメール『たすけて』?」「医師、患者の迷い軽視」といった衝撃的な見出しでこの問題を1面トップで報じたのは、3月7日付の毎日新聞だ。記事は福生病院で昨年8月、外科医が腎臓病患者の当時44歳の女性に人工透析をやめる選択肢を示し、透析治療の中止を決めた女性が1週間後に死亡したことを伝え、このケースが患者の状態が極めて悪い終末期などに限って治療中止を認める日本透析医学会の指針から逸脱しているとした。
また、東京都が医療法に基づき病院に立ち入り検査を行ったことも伝えた。翌日の紙面では、同院が他の患者にも透析治療を行わない選択肢を示し、2013〜17年に20人が死亡していたことも報じた。当時の院長もこのことを了承していたという。
人工透析は腎臓が機能しなくなる慢性腎不全などの治療に行われるもので、腕に針を刺したり首周辺にカテーテルを入れたりして機器に繋ぎ、血液中の老廃物や毒素などを取り除いて浄化する。腎臓が行う作業を外部の機械で行う治療法で、週3回、1回の治療に4〜5時間程度かかる。この他、腹膜に透析液を直接注入して行う腹膜透析もあるが、国内ではあまり普及していない。2日に1回、数時間を病院で過ごすことになる↖ので、日常生活の自由は大きく制限される。
日本透析医学会によると、17年末時点の国内の透析患者数は約33万4000人で、患者の平均年齢は68・4歳。専門医によると、人工透析は腎臓機能を回復させるための治療ではなく、中止すると血液が浄化できなくなり、1〜2週間で死に至る。抜本的な治療法は腎移植しかないが、脳死移植が少ない日本では移植を希望しても何年間も待たされるのが当たり前だ。ただ、近年は技術の進歩により患者の負担が少なくなり、人工透析を導入してから何十年も生きることが可能となった。
医療関係者らから病院を支持する声も
人工透析を受ける患者が「終末期」かどうかは議論が分かれるところだが、まずは福生病院の見解を聞いてみよう。複数の報道機関の取材によると、女性は腕に作った透析用の血液の出入り口(シャント)の状態が悪くなり、外科医から首周辺にカテーテルを入れることを提案されたが、「シャントが駄目なら、透析をやめようと思っていた」と拒否したという。外科医は透析を中止すれば2週間ほどで死亡することを説明したが、女性と家族、ソーシャルワーカーを交えた話し合いでも女性の意思が変わらなかったことから、透析を中止した。外科医の方から透析をやめる選択肢を示したことはない、という。ただ、他の20人が死亡した経緯などについては、調査中として説明していない。
これに対して、日本透析医学会の見解は異なる。学会が14年に示した提言では、透析中止を検討する場合として透析がかえって状態を悪くする場合や、がんを併発するなど終末期の場合に限定している。
ただ、患者自身が強く中止を望む場合は透析の効果を十分に説明した上で、患者の判断を尊重するよう示してもいる。その場合は、倫理委員会や外部委員会など第三者の助言を受けることが望ましいとなっている。今回の女性の場合、同院で倫理委員会などは開かれておらず、都はこの点について病院を口頭指導した。
ところが、である。一連の記事のトーンは病院の対応に疑問を投げ掛けるものだったが、次第に狙いとは裏腹に、病院の対応を支持する声が一般人だけでなく医療関係者からも出てきたのである。
透析専門のクリニックに勤めた経験のある看護師は「透析を受けに来る患者はクリニックでお客様扱いされ偉そうになる。透析が辛いのは分かるが、病院からの指示に従わない、看護師に上から目線で態度も悪いと最悪だった。『俺達がいるからこのクリニックが儲かるんだ』などと恩着せがましく言う患者もいた」と振り返る。「多くの透析患者は必死に治療していると分かっているが、一部の透析患者に悪いイメージを持っている医療関係者は少なくない」と、この看護師は明かす。
振り返れば、16年に「自業自得の人工透析患者なんて、全員実費負担にさせよ!」と発言して炎上したアナウンサーは、「人工透析に関係する複数の医師に取材した結果、あの発言が出た」と説明しており、強過ぎる表現は別として、発言の主旨に理解を示す声は当時もあった。
現在、透析患者の4割は糖尿病を原因として腎不全になった患者とされる。糖尿病になる原因は様々だが、生活習慣を改善しないまま人工透析が必要となった患者が一定数いることは間違いないだろう。ニーズを背景に、透析専門を謳って収益を得るクリニックが存在することも事実だ。少ない自己負担で透析治療を受けられる日本の医療制度も、不公平感を呼ぶだろう。
世界に目を向ければ、人工透析を巡る医療の在り方は様々で、米国在住の内科医、大西睦子氏などは「米国では患者に治療を拒否する権利があり、英国やカナダなども同じ姿勢で臨んでいる。透析中止は珍しくない」と紹介している。
院長の独善的やり方が問題の元
もちろん国によって医療保険制度が違う上、宗教やそれに伴う死生観も異なる。皆保険制度に加え、極端に少ない脳死移植件数という日本の事情も手厚い透析治療を可能にしている側面はある。人工透析を中止することが「死」と直結するものであっても、患者に治療を拒否する権利があるのは日本でも変わらない。
ではなぜ、今回の福生病院の対応が問題とされたのか。腎臓治療に携わるある内科医は「透析中止の判断を多くしていたとされる時期に院長を務めた医師は、独善的な人物として評判が良くなかった。今の院長も取材を通じての受け答えを見る限り同様のようだ」と評する。
各紙報道をみても、今回の女性の遺族が病院と訴訟になっているわけではなく、他の患者もそうだ。学会の提言を逸脱していたとしても、提言はあくまで内部で定めた基準であり、守らなければならない法令ではない。つまり、法令違反はないが、あまりに重い判断を独善的にやり過ぎたというのが実情のようだ。
日本透析医学会は今回の問題を受け、透析治療をやめる場合の学会指針を検討する方針を示している。透析に対する医療者側の考えも患者側の考えもそれぞれ異なる中、双方が納得できる医療の実現を目指す努力が何より必要だろう。
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