平成最後の通常国会は不正統計問題で波乱含みの展開が続いている。与党内には参院選への悪影響を懸念する声が広がるが、自民党幹部が気をもんでいるのは二階派幹部から突然飛び出した「安倍4選論」だという。単なる総裁の後継問題ではなく、歴史的な外交政策にも波及する一大事なのだというが、さて、その実態は……。
政治は言葉の芸術といわれる。難しい状況を巧みな言説で切り抜ける一流の政治家の対応を「芸術的」ととらえたのだが、最近は二流政治家の珍妙な逃げ口上ばかりで、本来の姿はあまり目にしない。もう一つの側面は、政治家の一つの発言が様々な憶測を呼び、微妙に変化しながら新たな局面を作り出すことにある。意図的にこれをやれる政治家のことを、永田町では「妖怪」と呼んだりする。
今回の「4選論」は後者の部類だろう。
舞台は東京・白金台の中華料理屋。安倍晋三首相の同期会でのことだった。出席者は岸田文雄・政調会長、野田聖子・前総務相、安倍首相と近い根本匠・厚労相と塩崎恭久・元厚労相、二階俊博・幹事長の側近である林幹雄・幹事長代理らだ。安倍首相が「次は出ない。次の総裁候補は岸田さんだよね」と岸田政調会長に振った。岸田政調会長は無言だったが、野田前総務相が「私もいる」と手を挙げると、林幹事長代理が「(安倍首相の)4選もあり得るよね」とやんわり釘を刺したのだという。
仕掛け人はまたしても二階幹事長
同期同士のたわいもないやり取りにも見えるのだが、様々な思惑がからんでいるのは明白だ。「安倍4選論」の発信源が二階幹事長だからだ。同期会の1週間前に開かれた自民党大会で二階幹事長は記者団に「書いてもらっては困る」とオフレコをかました上で、「安倍4選」に言及していた。党内では林発言は二階幹事長の演出との見方が大勢だ。
「4選論」の表向きの理由は「このままでは、安倍首相がレームダックになり求心力を失いかねない」というものだ。安倍首相の求心力が衰えれば、政権の代貸である幹事長の影響力低下は否めない。「4選もあり得る」と吹聴することで、自身の権力低下を食い止め、表向きは安倍首相にも恩を売る形になるのだから、「言わない手はない」ということだろう。
ただ、党内の大半は、政権の求心力維持だけが目的だとは受け止めていない。自民党中堅議員が語る。
「場面を考えれば分かるよね。安倍首相からの禅譲を期待している岸田政調会長が目の前にいる所で〝安倍4選〟だよ。岸田さんに対する牽制に決まってるよ。安倍首相だって、いろいろ思う所はあるんだろうけど、悪い気はしないよね。二階さんはやっぱりくせ者だ」
細野豪志・元環境相を自身の派閥に引き込んだ二階幹事長は、同じ衆院静岡5区に現職を抱える岸田政調会長と反目し合っている。「総裁になるつもりなら、俺と敵対しない方がいい」というメッセージを送ったのだとしても不思議ではないし、安倍首相と岸田政調会長らが進めているとされる「禅譲路線」にもやんわりと「待った」を掛けたように見える。「4選論」に関連して、自民党幹部がこんな事を言っている。
「以前、二階さんが、次の総裁候補の件で、『菅(義偉・官房長官)でもいい』と言ったことがあった。岸田さんにすんなりバトンタッチされては困るという趣旨と受け止めたが、もう少し深いなと最近分かったよ」
首相官邸内では安倍首相と菅官房長官の微妙なすれ違いが目立ち、2月中旬には新元号を誰が発表するのかを巡り一悶着持ち上がっている。
新元号の発表は代々、官房長官が担ってきた。小渕恵三・官房長官(当時)が「平成」の文字を掲げてテレビに映ったのを覚えている人も多いだろう。安倍官邸でも菅官房長官の発表を前提に準備が進められ、時事通信社が「新元号、菅官房長官が発表」との記事を配信した。ところが配信2日後の記者会見で、菅官房長官が「まだ決まっていない」とわざわざ否定。その後、朝日新聞が「安倍首相が自ら発表する可能性もある」と報じた。「待った」を掛けたのは安倍首相だという。
慎重を期して行われる天皇の代替わりの手続きで、官邸内の不協和音が表沙汰になるのは異例だ。金融緩和以外にさしたる成果のない安倍首相が刻々と短くなる任期に焦りを感じ、「自ら元号を発表して、レガシーを残そうとしている」とのうがった見方さえ出ている。
「今の官邸は、実質、菅官房長官が仕切っている。安倍首相には少なからず、不満があるんじゃないのかな。『俺が主なのに』というね。信頼していた代貸に裏切られる親分というのは歴史上たくさんいる。二階さんはそこも見越して、『菅でもいい』と言った訳だ。菅官房長官が総裁候補に浮上すれば、岸田政調会長への禅譲も難しくなる。かと言って、二階さんの思い通りになるということでもない。今、確かなのは、次期総裁問題は混沌としてきたということかな」
首相はレガシー求め日露交渉に邁進
「4選論」は国会の野党質問でも取り上げられたが、安倍首相の最大の関心はやはりレガシーを残すことにあるようだ。首相周辺が語る。
「二階さんが何をしようが、首相はさして気にしてない。戦後最大の外交課題の一つである北方領土問題を終結させようとしているからだ。歴史のトゲがいよいよ抜ける。これ以上のレガシーはあり得ない」
毎月のように行われながら、はかばかしい成果が見えない日露交渉だが、外交筋によれば、北方領土問題の解決は目の前まで来ているという。概要は、平和条約締結後に北方四島のうち、歯舞群島、色丹島の2島が日本に返還され、残る国後・択捉は自由往来や経済活動などの特例措置を工夫し、国境線は2島と2島の間で確定するというものだ。「2島先行返還」「4島一括返還」と区別するため、「2島返還プラスα」と呼ばれている。
昨年11月の日露首脳会談での合意後、日露双方の国内感情を刺激しないよう慎重に準備が進められてきたが、最近の日本の世論調査では現実路線としての「2島返還プラスα」への支持が上昇しており、機が熟しつつあるという。米朝交渉は2回目も進展はなかったが今後も継続する。いずれ朝鮮半島は統一され、核を保有する統一国家が誕生する可能性が高い。隣接する中国への接近は避けられず、日本、ロシアは早晩、安全保障政策の見直しに迫られる。日露交渉の加速にはそんな深謀もある。
外交の歴史的転機となる「2島返還プラスα」は衆院解散の大義名分として十分であり、平和条約締結後の返還手続やプラスαの制度確立には長い時間がかかる。プーチン大統領の任期は2024年まで。安倍首相の4選が実現すれば任期切れが重なる。今夏の衆参ダブル選挙と総裁4選は視野に入れておいた方がよさそうだ。
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