「第2の消えた年金問題」と野党は追及
賃金動向や労働時間などを調べる厚生労働省の「毎月勤労統計(毎勤)」で不正が発覚した。毎勤の場合、従業員500人以上の事業所は全て調べるのが決まり。それなのに厚労省は東京都分を15年間も抽出調査で済ませ、1年前からは密かにデータを補正して全数調査に近い数値へ復元していた。同省の特別監察委員会(委員長=樋口美雄・労働政策研究・研修機構理事長)は早々に組織的な関与を否定、政府・与党は早期の幕引きに走るものの、安倍政権はじわじわ窮地に追い込まれている。
1月24日午前。常会召集を28日に控え、国会では衆院厚労委員会の閉会中審査が開かれた。冒頭、根本匠・厚労相は「常に正確性が求められる統計でこのような事態が起こったことは極めて遺憾。国民の皆様にご迷惑を掛けた」と陳謝し、雇用保険などが本来より少なく支給されていた人への追加給付を3月から始める考えを示した。
厚労相はじめ官僚22人処分の事態へ
不正発覚を受け、厚労省は1月16日に特別監察委を設置、6日後の22日には中間報告書をまとめた。これを受け、根本厚労相は同日、鈴木俊彦・事務次官を訓告とするなど22人の処分を発表し、自らも給与4カ月分を自主返納すると表明した。
政府統計でも、毎勤や人口推計などの重要な56種は「基幹統計」に指定されている。基幹統計の調査内容は総務省に承認を得る仕組みで、厚労省は毎勤について「従業員500人以上の事業所は全数調査」と申請していた。
ところが特別監察委の中間報告によると、▽東京都では500人以上の事業所に関し、2004年1月から3分の1の抽出調査としていた▽03年にはルール違反を容認するマニュアルを作成する一方、15年分からはその部分を削除▽18年1月分から、都内のデータを全数調査に近づける補正をしながら伏せていた——などの不正を認定。会計法違反を指摘し、「言語道断」と断罪している。
04年に勝手に抽出調査に切り替えた理由については、「都道府県担当者からの要望を踏まえた」などとしている。また、18年1月から補正を始めながら、黙っていた動機は「職員の連携ミス」と結論付けた。当時の担当室長が、同月から予定していた調査対象事業所の入れ替えが進まないと考え、部下に補正を指示したが、影響に関しては「誤差の範囲」として上司に報告しなかったという。こうした点を理由に、「組織的な関与や隠蔽はなかった」としている。
ただし、厚労省は16年10月、「全数調査とする」という虚偽の計画を総務省に提出している。また補正を始めた前後に、統計担当の政策統括官(局長級)は部下から「東京都では全数調査をしていない」旨の説明を受けていた。
東京には高賃金の大企業が集まる。3分の1しか調べないのでは高給の企業を拾えず、算出額は実際より低くなる。厚労省は18年1月以降、東京都分も補正で金額を底上げする一方で、17年分以前は未補正のままとしていた。その結果、18年の「1人当たり現金給与総額」の対前年同期比は跳ね上がり、18年6月は3・3%増と21年5カ月ぶりの伸びとなっていた。
不自然な賃金上昇率が不正露見のきっかけとなったが、野党の間では補正に対し、「アベノミクスの粉飾が目的では」との見方も浮上している。安倍晋三首相が掲げる経済政策、アベノミクスの成否を測る主な指標の一つは賃金上昇率だ。国民民主党の山井和則・衆議院議員は「違う人間の身長を比べているのだから虚偽であると、嘘であると。もしそうであれば賃金偽装のみならず、アベノミクス偽装になる」と追及している。不正発覚を受け、17年分のデータも補正し、18年分と比べると、現金給与総額の伸び率は0・7%下方修正され、6月分も2・8%増にとどまることが分かった。
「偽装」の影響は、雇用・労災保険などの受給者にも広がる。保険の給付水準は毎勤データを基に上下限が決まるためだ。政府の推計によると、過去の給与を実際より低く算出していた分、延べ2015万人に計564億円を追加給付する必要がある。システム改修費を含めると、総額約800億円だ。政府は昨年末に閣議決定した19年度の政府予算案について、年明け早々組み換えを迫られた。
「不正の動機がハッキリしない。これで国民が納得しますか」
1月23日午後。自民・公明両党の幹事長・国対委員長会談で、公明党の高木陽介・国対委員長は自民党の二階俊博・幹事長らに訴えた。
今年は春に統一地方選、夏に参院選を控える選挙イヤーだ。政府・与党の危機感は強く、菅義偉・官房長官もこの日の記者会見で「心からお詫びしたい」と謝罪し、再発防止に取り組む考えを強調した。24日の衆院厚労委でも、自民党の橋本岳氏が中間報告書の検証を「不十分だ」と指摘し、追加調査を迫った。局長級幹部が不正の報告を受けながら放置され続けてきたことについて、公明党の桝屋敬悟氏は「これが組織的関与でないと言うなら、厚労省は『組織』ではない。解散的出直しが必要だ」と突き放した。
参院選に影響すれば厚労省は「戦犯」に
不正は旧民主党政権時代にもまたがる。与党は政府批判で野党と足並みをそろえ、与党にばかり批判が集中するのを避けようとしている。だが、「政権を揺さぶる好機」とみる野党は攻勢に出ている。07年の第1次安倍政権は、年金記録漏れ問題の発覚を機に参院選で惨敗し、退陣した。当時、「消えた年金」と名付けて追及した立憲民主党の長妻昭・代表代行は、「日本の国家としての信頼性を揺るがしかねない問題だ」として切り込む構えを見せている。
自民党幹部は「第2の消えた年金問題にしてはいけない」と語る。ただ、雇用保険などの過小給付の是正一つとっても、容易ではない。3月から追加給付を始めるのは、現在受給中で、実際より少ない給付額となっている80万人程度に限られる。既に受給し終えた人は対象外。全対象者の半分、延べ1000万人以上は住所データを破棄してしまっているからだ。住所が分からない人については、住民基本台帳との照合などの膨大な作業を要する。いつから給付できるのかメドさえ立っていない。
「消えた給付金問題だ」。1月24日の衆院厚労委で、年金に続き二匹目のドジョウを狙う野党はそう追及した。厚労省では、労働時間調査を巡る不適切なデータ処理が昨年2月に発覚したばかり。特別監察委の中間報告書作成にあたり厚労省職員に聞き取りをしたのは同省職員だったことも判明し、特別監察委は再調査する羽目になった。
幹部が答弁で立ち往生する場面もあり、自民党の小泉進次郎・厚労部会長から「不安を覚える。何かこう目を覚ましてほしいというか、ちょっと危ないぞと」などと言われる始末。同省幹部は「参院選に影響し、また『戦犯』と非難されることは避けたいが……」と言葉少ない。
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