アベノミクスを維持するため株価下支えの役割
公的年金を運用する「年金積立金管理運用独立行政法人」(GPIF)は、2018年10〜12月期に14兆8039億円の運用損を計上し、四半期ベースで過去最大となる赤字を記録した。これまでの最大損失額だった約7兆9000億円の2倍に当たり、米中貿易摩擦やヨーロッパ政治の不透明感を背景とした世界的な株安が影響した。年金資産の運用に占める株式比率は、安倍政権に交代した後の14年10月から高めており、株価下落の影響を受けやすくなっている。
今回の巨額の運用損は年金給付に直ちに影響を与えるものではないが、20年度には5年に1度となる運用見直し議論が始まる。約15兆円という額はインパクトが強いだけに、株式運用比率の変更の可否も議題になりそうだ。
GPIFは、公的年金資産を運用するに当たって、どのような資産を何%ずつ持つかという基本ポートフォリオ(資産形成)を定めている。現在は、国内株式と外国株式は25%ずつで、国内債券は35%、外国債券は15%だ。
昨年10月1日時点での日経平均株価は、米国とカナダの通商交渉などが無事に決着したことなどの影響で高値を記録しており2万4245円だった。これが3カ月後の12月28日には、米中貿易摩擦などの影響で2万14円まで大幅に下がった。株式運用の割合が高いため、こうした株価の下落の影響をもろに受ける形となり、14兆8039億円の運用損に繋がったのだ。
運用損は過去最大損失額の約2倍
運用損の具体的な中身を見てみると、国内株式が7兆6556億円、外国株式は6兆8582億円、外国債券は7182億円だった。一方、国内債券は、長期金利の低下を受けて市場での売買価格が上がったため4242億円の運用益を上げた。利回りはマイナス9・06%に達した。
運用損となるのは、3四半期ぶりだ。これまでの最大の赤字幅は15年7〜9月期の約7兆9000億円で、この時も中国の景気減速などの影響を受けた。今回は2倍近くの損失に上っており、その大きさの度合いがうかがい知れるだろう。
ただ、資産総額は減少したものの150兆6630億円と150兆円の大台をかろうじて維持している。さらに、運用損といっても、含み損で損失が確定しているわけではない。長期保有を前提としているため、「損切り」はしていないためだ。株価が再び上昇基調に転じれば、運用益が上がることが予想される。
このため、政府側は事態の沈静化に努めている。運用損を公表した2月1日の定例記者会見で、西村康稔・官房副長官は「年金積立金の運用は長期的な視点に立って行うものだ。評価額が短期的に増減することにとらわれるべきではない。これまでの運用で長期的には年金財政上、必要な収益を十分に確保している。今回の短期的な運用結果が年金財政上の問題に直結したり、年金給付に影響を与えるものではない」と改めて強調した。その上で、「政権交代以降の累積でも約44・2兆円のプラスだ。引き続き長期的な観点から安全かつ効率的に運用を行いたい」と正当化した。
これは、積立金は年金給付のための財源の1割程度で、すぐに影響は出ないという事情もある。GPIFの担当者も「短期的な結果は、結果として受け止めるが、当面の年金給付に影響はない。長期的に利回りを確保できるように運用したい」と話す。
しかし、ここまで運用損が拡大したのはポートフォリオを見直したためだ。元々は比較的リスクが低いとされる国内債券を中心に運用してきたが、高い運用利回りの確保を目指し、株価を底上げさせることを狙った安倍政権の意向を背景に、14年10月に国内外の株式比率を12%から25%に倍増させた。この結果、市場が好調なら高収益になり、株価も下支えできる構図が出来上がった。一方で、株価が下がれば、今回のように損失が大きくなることもある。
株式の運用比率は24%から50%へ
こうした運用実績が乱高下する状態に、野党や一部の有識者からは批判の声が上がっている。立憲民主党の逢坂誠二・政調会長は2月1日の会見で、「14兆は大きい。額だけみると年金受給されている方や年金のことを考えている方にとって大きな不安要因になる」と指摘した。さらに、「ポートフォリオというのはリスク分散して中長期的な運用の中でどうするかというのが非常に大事だ。その観点からみて今回はどうなのか考える必要はある」と資産運用比率の見直しの必要性に言及した。ある有識者からも「不安を与えることで、年金制度への信頼性が揺らぐのではないか」と指摘する意見が上がっている。
こうした状況を招いたのは12年冬に安倍政権が発足し、13年秋に首相官邸の意向を受けた政府の経済財政諮問会議が、投資先の分散化を提言したことに始まる。この提言がGPIFの株式比率を高めるきっかけとなった。
当時は、国内債券の割合は60%と高く、手堅い運用を基本としていた。安倍政権は2%の物価上昇でデフレから脱却することを目指していた。国内債券中心の運用では、金利が上昇すれば債券価格が暴落するリスクがあった。その結果、わずか24%だった国内外の株式の運用比率を50%に高めることに繋がり、民主党政権時代に大きく落ち込んだ株価を押し上げられる——というのが安倍政権の狙いだった。その狙い通り、GPIFのポートフォリオの変更を公表した後、株式市場は大きく反応し、株価の押し上げに繋がった。
当時、市場では「株価の下支えに繋がる」と好意的に受け取る声があった一方で、「政府が株価を操作する官製相場に繋がりかねない」と懸念する意見もあった。アベノミクスを維持するには株価の上昇基調は必須条件。検証は難しいが、株価が乱高下した時には、GPIFによる介入があったのでは、とたびたびゴシップ誌で報道されたこともあった。
5年に1度の見直し規定があるため、20年度にはポートフォリオの見直しを含めた議論が始まる見通しだ。150兆円もの資金を運用するGPIFは、世界的にみても巨額の機関投資家といえる存在である。株式比率を1%変動させるだけでも、1・5兆円の資金が動く。これは、運用の株式比率をわずかに下げただけでも大量の株式売却に繋がることを意味し、市場に大きな影響を与える。このため、見直しには大きな「リスク」が伴う。
安倍晋三首相はたびたび、年金を株で運用していることに触れ、その運用益の高さを誇示してきた。こうした「実績」と変更する「リスク」を考慮すれば、見直すことは難しいことが予想される。事実、厚労省関係者からは「見直しは現実的ではないのではないか」との声も上がっている。
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